(2008年03月現在)

SAPのSOA対応。より柔軟でオープンなITアーキテクチャへ

JSOL認定ITプロフェッショナル
ITアーキテクト
林 大介

経営の可視化による企業の価値創造のためには、個々の業務における様々なプロセスを可能な限り標準化することが欠かせない。システム投資においても、「一社一様」のシステム開発からパッケージソフトウェアの活用へという観点がますます重要になっている。同業・異業種間での業務提携や企業統合が進む最近の流れを考えたときにも、ERPなどパッケージソフトによるシステム標準化は威力を発揮する。ERPの高度活用が、いまあらためて経営の重要な課題になってきているのだ。
その一方で、ERP自体の技術革新も進む。2004年ごろから新しいコンセプトとして業界内で叫ばれ、2007年には大規模な導入事例も登場している「SOA」化の波である。

SOAは「個々のシステムを“サービス”としてとらえ、業務プロセスにのっとって各サービスを連携させる」という概念だが、それを「エンタープライズSOA」という名称で積極的に主張しているのが、ERP最大手のSAPだ。これまでの巨艦巨砲主義ともいえるアーキテクチャを一新し、SAP NetWeaverを技術基盤にすることによって、既存のメインフレームシステム、カスタムアプリケーション、SAPモジュールを連携させながら、Webサービスなどの標準技術を導入しようというもの。ビジネスの変化に対応できる、適応力の高い、柔軟かつオープンなITアーキテクチャが実現するとされる。
SAPの内部構造としても、これまでのバージョンはCやABAPプログラミングによって書かれていたのが、最近登場するコンポーネントはJavaベースで作りかえられている。JavaのインターフェイスをNetWeaverの製品体系に組み込みながら、既存の非SAPのシステムとも接続性を高めるように、アーキテクチャに重大な変更が行われている。

コンポーネントをJava化することで、これまでRFCプロトコルで行われていたSAPシステム内のデータ交換が、XMLベースで行われるようになった。また、Webサービス対応機能を各システムが標準装備することで、フロントの入力部分が、Webブラウザ中心に設計できるようにもなった。SAPが提供するJ2EEベースのWebアプリケーションサーバを開発環境として使う意義も大きい。今後は同サーバのアーキテクチャ上にさまざまなアプリケーションをコンテンツとして載せていくことで、データ連携、システム連携が容易になるのだ。
「必要なときに必要なコンポーネントを組み合わせて、必要な情報を得られる」というSOAのコンセプトは、たしかに良いことづくめのようである。

とはいえ、SAP導入済みのすべての企業がSOA対応に積極的とは、必ずしもいえない。二の足を踏む要因はどこにあるのだろうか。
「SAPによる業務改革をコストではなく、投資と考える先見的な企業を別にすれば、SAPを導入したのはよいものの、その後は、バージョンアップもままならないという“塩漬け”の状態の企業が少なくありません。こうした企業の多くが、SAPシステムの保守を導入SIerなどにそのままアウトソーシングしていますが、保守外注化による外部コスト増に負担感を感じる企業もあるでしょう。さらに、社内情報システム部門のスキルの空洞化を心配するむきもあります」と指摘するのは、日本総研ソリューションズ・ERP開発本部・第一ERP統括部・ベーシスソリューション課の林大介・ITアーキテクトだ。
「そうしたITの現場では、SAPをバージョンアップしてSOA対応を進めることで、将来のシステム開発が容易になることはわかっていても、そのことを経営トップに充分訴求できていない」“もどかしさ”を抱えているというのである。

経営の可視化のためになぜSOA対応が重要なのか

SOA基盤によってより有用性の高まったSAP製品の導入を促すためには、いまあらためて、「経営の可視化のために、なぜSAPが必要なのか。なぜSOA対応が求められるのか」という基本的な論点をクリアにする必要がある。「SOAとは、システムを実現するためのアーキテクチャの形であって、何かしら目に見えるものではない」(林)から、なおさらだ。
SOAの利点はさまざまある。エンドユーザからすれば、入力フロント部分がこれまでのSAPGUIのアプリケーションからWebフロントに変わるということ自体、けっして悪いことではない。SAPがWebフロントのポータルとして提供する「Enterprise Portal(EP)」では、ERPの業務データや、BI(ビジネス・インテリジェンス)/DWH(データウェアハウス)のレポーティング、さらにこれまでの古いGUIもその中に呼び出すことが可能だ。直感的な入力のしやすさや見映えは、これまでのGUIに比べてはるかに向上したと、ユーザからも高い評価を得ている。

「しかし、それはたんに表現方法がより“いまふう”になっただけで、それだけでは経営にとってのメリットが説明できない」と林。
経営の可視化にとってSOAがもたらす本質的な寄与はまた別の所にあるというのだ。
「経営を可視化するためには、経営情報の迅速な開示が欠かせません。SAPのエンタープライズSOAでは、SAPが提供するBIソリューションにより、必要なデータを分散するシステムから抽出し、ユーザ志向性を高めたWebフロントから自在にそれを見ることができるようになった、というところが最大の眼目です」
経営の可視化のために必要な情報は、業務システムなど実行系の処理で日々発生するトランザクションデータから加工されるものだ。「そのトランザクションデータから、容易に上位指標までたどり着ける仕組が不可欠。そのためには、ERPのような下位システムと、BIのような上位システムを繋ぐ情報基盤が不可欠になります。それを実現するシステムアーキテクチャの一つがSOAということなのです」

林 大介

現実のビジネスにおいては、企業をめぐる環境が変化するたびに、経営層や現場の管理職層が経営判断の材料として求めるデータはさまざまに変化する。たとえば流通業においては、同じPOSデータを、顧客分析、チャネル戦略、トレンド発見、広告効果分析などさまざまな視点で捉え返すということが頻繁にある。さまざまなツールがバラバラに存在し、連携も不十分で全社的な視野での分析ができないシステムでは、求められるデータを迅速に加工・提供することなど到底できない。
ましてや、売上データを分析するにも、月次単位でしか得られないとすれば、企業経営のスピードはそれだけでダウンしてしまう。日次単位はむろんのこと、場合によっては午前のデータを昼過ぎに見て、午後のアクションに繋げるというような、よりリアルタイムに近いスピードも求められている。
刻々と変化するビジネスの実態をよりリアルに把握すること。こうした経営の究極の課題に一歩近づくものとして、エンタープライズSOAは期待されているということができる。

フロントシステム開発が根底から変わる

林 大介

SAPのエンタープライズSOA戦略を開発側からみると、それは統合アプリケーションプラットフォームであるSAP NetWeaverをどう活用するか、という話になる。ここで提供されるさまざまな機能は、開発者の負担をどこまで減らし、ひいてはシステム開発のスピードをどこまでアップさせることができるのか。
まず、エンドユーザに近いフロント部分に提供されるEPそれ自体が、経営データのレポーティング機能をBIと連携することにより実装しているため、シンプルなレポート機能であれば、その開発にかかわるコーディング作業は最小限で済むようになる。ユーザのレポーティングの要求に、システム側が迅速に応えることが、仕組みとして用意されているのだ。
「これまでは経営企画の担当部署が、企業独自の経営指標に基づいてExcelで作っていたような経営レポートも、よりスピーディーにより手軽に、Webポータルから経営者自身が取りだせるようになります。経営者ばかりではなく、営業員がERPからダイレクトにデータを引き出して、自分の営業日報を作成したり、あるいはその集積を確認したいというような使い方も可能。Webレポートの数値をドリルダウンしたり、軸を組み換えて別の分析をしたりするということも、ユーザ自身ができるようになり、使い勝手が向上しています」

また、アプリケーションのユーザインタフェイス構築においても、NetWeaverにはWebDynproと呼ばれる開発フレームワークが実装済みであるため、JavaやABAPでの開発がより容易になるというメリットもある。
バックエンドの複数のシステムを繋ぐためには、SOAベースのビジネスプロセス統合管理ツールとして「SAP NetWeaver Process Integration(PI)」が提供されている。複数のシステムからデータをかき集めるためにだけ費やされていた手間ヒマが、これによってかなり軽減される。
「データは自動的に流れてくるので、システム開発者側はレポートティングなどのUI部分に開発資源を集中できるというメリットが生まれています」

さらに、複数のSAPモジュールを組み合わせてWebサービスとして活用したいという高度なニーズ、たとえば在庫情報や財務情報をつなぎながら情報をクロスさせたいというようなニーズに対しても、SAPはxAppsと呼ばれるコンポジットアプリケーション群を提供している。xApps自体は、SAPの開発フレームワークを活用することで、パートナー企業の開発者も、効率よく自由に開発できるようになっている。
林は、「これまでも当社は、医薬業界のEDIを使った卸業者とのデータ交換システムを、SAPシステムと繋ぐミドルウェアの開発などで実績があります。それらの機能を、今後はxAppsとして提供し、それを新たなビジネスとして広げることも検討しています」と、SAPのSOA化に伴うクロスアプリケーション市場の活況を見すえている。

ワークフローなど業務システムもSOA対応へ

SAPシステムはこれまでSAPGUIというC/Sアーキテクチャの、比較的重いフロントシステムを使用していたが、SAP製品自体のSOA対応に伴い、フロントシステムもWeb化されるようになった。Webブラウザからシングルサインオンで、バックエンドシステムに入ることが可能になった。ただしそれはシステム基盤としての準備が整ったに過ぎず、これからそれをどのように活用し、ユーザに適したフロントシステムを作り上げ、ユーザニーズを具現化していくかは、まさにシステム・プロバイダーの腕の見せ所ということになる。

SAPが提供する各種コンポーネントを統合的に組み合わせ、顧客が望む業務システムを提供できるかどうかは、これからのシステム・プロバイダー選定の基準にもなるだろう。
「基幹システムと連携しながら、さまざまな業務処理を行うためには、実際にはさまざまなフロントシステムが必要で、それらのSOA対応も不可避です。フロントシステムの開発は、まさに私たちが得意とするところ。それらをテンプレートまたはパッケージとして提供することで、より迅速・低コストで、お客様のユーザビリティをより高めることができます」と林は語る。
たとえばオフィスのなかで日常的に行われる業務に、経費精算、支払依頼、仮払いなどの処理系がある。これらを電子化するためには一般にワークフローシステムを導入することが多く、そのパッケージも数多く存在する。日本総研ソリューションズもまたこれまで、「PositionFlow III」という名称のパッケージ製品で、ワークフローとERPの連携によるフロント業務統合ソリューションを提案してきた。画面の設計をコーディングなしで開発したり、稟議ルートのコントロールなど、ERP自体のもつワークフロー機能に比べても、より日本企業の実態に即した使い方ができると自負しており、多くのユーザを獲得している製品だ。

林 大介

それを今回、SOAに対応させたのが次世代ワークフロー製品「ZeroGravity」である。「これまでのワークフローは個別の業務のみを対象にしていたり、業務の拡張にはコストが大幅にかかるなど、企業全体を管理できるシステムとしての確立は難しいものがありました。ZeroGravityは、内部統制機能はもちろん、ユーザ自身でのノンプログラミングフォーム開発機能や、SOAによる業務連携サポートを搭載し企業全体の多様な業務を実現するワークフロー基盤として利用することが可能になっています」

すでに、SAP─ZeroGravity─Enterprise Portalをつないだ、日本総研ソリューションズならではの新規のシステム構築が始まっている。
「これまでは基幹系システムに中規模なパッケージを組み合わせて使用されていたお客様で、今回初めて、SAPを導入されることになりました。ただ、業界独自の既存システムも一部残ることになり、その既存システムとSAPとの連携も重要です。急成長企業なので、ERPの使い方も柔軟に変化する可能性があり、変化対応ということはプロジェクト全体としても強く意識しています。
当然、SOA対応のメリットを生かすべく、フロントシステムはすべてWebでやりたいとのこと。従来ですと、SAP GUIしかないので、画面にこだわりようがなかったのですが、Webとなると見映えや使い勝手などさまざまな要求が出てきます。SAP導入でこれほどフロントシステムの画面にこだわるのは、当社としても初めての経験でした」

ただ、そうしたWebインターフェイスについてのお客様のこだわりも、WebDynproを使った開発なら、比較的短時間で行える。先の事例では、ワークフローパッケージとしてZeroGravityを採用するが、それもWebDynproで設計されたEnterprise Portalからシングルサインオンで使うことができるようにした。当然、SAP本体からのレポーティングもWeb上で閲覧できる仕組みだ。SAPとワークフローパッケージのSOA対応を、まっさきに享受できた事例ということになる。
「もちろん初めてのケースなので、お客様からの、あれもこれもという多様な要件をどう絞り込むかは私たちも悩ましいところですが、これまでの工数を考えるとかなり速いスピードで実装が進んでいます。これまでは適用の難しかった新しい領域で、SAPソリューションを展開する布石になると期待しています」
SAPのSOA対応は、かくして日本総研ソリューションズ側にとっても、ソリューションの幅を広げることになる。当然、ユーザにとっても、SOAアーキテクチャへの移行は、既存システムの存在をネックとせずに、中長期的にはシステムリソースの集中、システム投資の最適化につながる。結果として経営判断の「見える化」とITユーザビリティの向上が実現することになれば、SOAアーキテクチャの意義を活かしたということになるはずだ。


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