(2016年01月現在)

モータ開発の最大の肝と言われる損失問題。使われる磁性材料の特性の違いや、加工に伴う磁性特性の変化などのすべてを踏まえてモータ効率の向上につながる解析・シミュレーションを可能にする。JSOLの電磁界解析ソフトウエア「JMAG」で損失問題をリードしているのがJSOLエンジニアリングビジネス事業部電磁場技術グループサポートチームのアソシエイトマネージャで、JSOL認定ITプロフェッショナル(アプリケーションコンサルタント)の成田一行だ。

JSOL認定ITプロフェッショナル
アプリケーションコンサルタント
成田 一行

成田の職務履歴書には、専門テーマは「電磁界解析の実問題への適用技術開発」とある。具体的には、「電機、自動車、精密機械等の業界において電磁界解析を実用的に活用するための調査、技術開発に従事。特に回転機の特性評価における顧客課題の把握および課題を克服するための解析技術の先行開発に注力」と紹介されている。

実際、過去数年を振り返ると、多くの大学や企業と共同研究に没頭してきた。「私の役割は、数値解析技術を実用化し、実際にお客さまが活用して成果を出せる状態に持っていくこと。そのためにモータ開発の課題を理解し、技術調査を行い、先行開発して実証し、成果を当社の電磁界解析ソフトウエア『JMAG』に実装し、さらに製品のPRまで行っています」

電磁界解析ソフトウエアとは、CADによって作成された設計データを基に、コイルに通電したり磁石を配置したりすることで磁場がどのような挙動を示すかをシミュレーションする数値解析ソフトウエアだ。JSOLのJMAGは1983年にリリースされ、現在、電磁界解析ソフトウエアでは国内シェアの過半を占めるほど開発現場から支持を受けている。

また市場の期待も強まっている。というのもハイブリッド自動車や電気自動車の開発が進むにつれて、高性能モータの利用が増えているからである。かつてはエンジンや油圧で行っていた動力のモータへの移行が進む。

「例えばクルマ1台に使われるモータの数は、ガソリン車では数十個ですが、ハイブリッド車では数百個と桁が1つ上がります。付加価値の高いモータが求められており、自動車メーカーだけでなく部品メーカーなどでもモータ開発のためのシミュレーションの機会が増えているのです」

モータ開発における最大の課題が「損失」だ。損失とは、モータに電流を通して回転エネルギーを得る際に、投入したエネルギーのすべてが使われず、発熱などとして失われてしまう現象。日本国内にある、すべてのモータの損失を低下させて1%の効率向上を実現しただけで、原発1基分の電力消費が抑えられるとさえ言われる。それほど損失はモータ開発の肝になる。
特にモータの効率が走行距離や燃費などの製品の価値に直結する自動車メーカーや、エアコンや冷蔵庫で優れた省エネ性能が求め続けられる電機メーカーでは、モータ損失を低減し、効率を向上させるのが絶対的な使命になっている。

「しかし電磁界解析による損失の計算は難易度が高く、昔から『実測と全然合わない。ソフトウエアが出した答を2倍して実測と合わせる』などと言われていたほどです」と成田は苦笑いする。

効率を左右する大問題だけに、多くの企業や大学が損失を解析する研究を進めてきた。そうしたなかで、高精度に損失を解析する手法の構築を進めてJMAGに投入してきたのが成田である。

磁性材料の複雑さに阻まれる解析・シミュレーション

モータでのエネルギー損失には、さまざまな原因がある。電磁鋼板を積層したコアに磁束が通過することで生じる「鉄損」、コイルの巻き線に発生する「銅損」、摩擦や空気抵抗に起因する「機械損」などだ。
特に鉄損が大きな課題で、それらは「ヒステリシス損」「渦電流損」などに分類されるが、ここでは「鉄損」とひとまとめにして説明しよう。材料の中を電気が流れると熱を発生させ、結果的にエネルギー効率が低下、つまり損失が発生することだ。

モータにおける鉄損発生のシミュレーションは、非常に難易度の高いテーマだ。モータには、電磁鋼板や永久磁石などの磁性材料が使われる。そのために解析には、磁性材料そのものの構造、磁気のおびかたの特性、損失発生のメカニズムなどを踏まえ、それらをモデリングする手法が求められる。
特に損失発生のメカニズムがコンピューターシミュレーションで扱うには複雑すぎることが第一の壁となる。そのため、材料メーカーが提供する素材状態の磁気特性を経験値として頼ることになるが、モータの実機に組み込まれた状態での磁気特性とは必ずしも一致しないという難しさがある。
さらには、ものづくりの現場では性能とコストのバランスを取るために、さまざまなグレードの電磁鋼板を試すが、グレードの高いものと低いものでは支配的なメカニズムが異なる。それだけ、一口に「損失」と言っても、さまざまな現象が想起される。

2つ目の壁になるのが、モータの中で発生する磁場の様相がさまざまであることだ。モータの形状の違いによる磁場の空間的な分布による変化であったり、モータに理想的ではない電源が接続されたりするためにモータ内の磁場の変化は単純ではない。

アプリケーションコンサルタント 成田 一行

「JSOLでは、他社に先駆けて材料メーカーから電磁鋼板のカタログデータを提供してもらいJMAGに組み込みました。ユーザーが材料ごとにデータを入力する手間を省く画期的なものでした。しかし、カタログデータは理想的な状態を前提にしているので、実際の解析では誤差の調整が必要です。しかも別な課題も浮かび上がってきました」

別な課題とは、「加工」だ。電磁鋼板を加工する際には型抜きやかしめなどがなされる。当然、材料には力が加わり歪みが出る。そのために解析では、別の解析要素が必要になり、ここでも実測と異なってしまう一因になる。
「本当に微妙なのですけど」と成田は言うが、この「変化のモデリング」まで踏み込んでいかなければ解析の精度を向上させたとは言えない。

「私たちはマルチフィジックスと呼んでいますが、物理的な変化も含めた鉄材料の電磁的な損失のモデリング手法を確立しなければなりませんでした」

従来の損失解析では、「スタインメッツの経験則」という交流による励起状態の鉄損を経験式にしたものが使われていた。実際、経験則は実測とよい一致を見せるケースもある。しかし、モータでは、直流や任意の波形を作って回転させたりもする。より解析精度を上げるために成田をはじめとするJMAGのチームは、新たなアルゴリズムを採用した。

解析の革新をもたらす新しいアルゴリズムの採用

新たな鉄損分析の手法として送り出した「新アルゴリズム」。これは2つの解析手法からなっている。
1つが、「プレイモデルによるヒステリシス損失の計算」。従来のカタログデータを用いた経験則ベースではなく、素材が持つ実際の磁化特性を直に計算して損失を求める。
もう1つが、「均質化法による渦電流分布を考慮した損失計算」。素材の電気抵抗率に着目して、素材を厚み方向に分解して3次元解析を行うのではなく、鋼板面の内方向に2次元で解析した後、素材の厚み方向の分布を考慮して渦電流損失を計算する。

「解析結果と実測の比較では、同程度の値が得られるようになりました。非常に高精度なシミュレーション結果を得られるのです。企業や大学との共同研究は、アルゴリズムを使って解析する一方、実際にモータを作って比較する地道な作業が続きましたが、目論見通りの結果が出てホッとしました」

渦電流損失の計算が、3次元解析ではなく2次元解析なのでコンピューターの計算時間が大幅に短縮でき、ユーザーの使い勝手がよくなるメリットもある。ただ、新しいアルゴリズムには、素材メーカーがカタログで示している磁気特性だけではなく、磁化特性の面積データが必要になる。JSOLはそれを独自に用意してJMAGに投入し、JMAGの解析ソフトウエアとしてのグレードを一挙に上げている。

成田は4年前に、損失関連の開発の課題と目標をまとめた「中期計画」を策定し、共同研究や技術調査を行ってきた。当初計画した高精度な機能の開発とJMAGへの実装では8割、それをユーザーにシュンシュンと使いこなしてもらうのでは5割ぐらいのレベルにあるという。

アプリケーションコンサルタント 成田 一行

「次は、新しい解析機能を、いかに多くのユーザーに使いこなしてもらうかが重要な任務になります。有り体に言えば解析シュミレーションソフトは、多くの人が使い、確認された実測データとの違いを精査することで進化します。それをプロモーションしなければなりません」

実際、2015年の成田は忙しかった。各種の展示会での展示、学会論文誌への寄稿、JMAGユーザー会での講演や利用法の指導などで新しい解析技術をPRしてきた。16年以降も、バージョンアップしたJAMGに対するアンケート調査や手法の改良を続け、17年12月にはバージョンアップに伴う活動を定量的に評価する予定でいる。

「新たな高精度解析は、ハードウエアの進化がなければできなかったもの」とも言う。昔は1年かかっていた計算が、今は1日でできるようになった。一方で、高度な解析は、コンピューターの構成によって解析能力が大きく左右される難がある。
そのため、「クラウド型サービスの提供も検討する余地があるのではないかと思っています」と言う。

5年後を見据えた人たちとの学び

今でこそ、「モータの損失特性については知識や経験を有している」と自負できるものの、当初から学びの日々だった。

成田は、1973年生まれ。「天文少年」で、なんの迷いもなく名古屋大学理学部に進み、宇宙物理学を専攻した。大学院でも研究を進めたが、「大学院での実験が本当に下手で、ものづくりには向いていないと自覚させられました」。卒業後に入社したのが日本総合研究所(現・JSOL)で、サイエンス事業部に配属された。それが1998年のこと。

ちょうど電磁界解析ソフトウエアが注目され、普及に弾みが付いた頃だった。そもそもJMAGは、JSOLの開発陣が学会などに学び、最先端の解析手法を盛り込み続ける形でユーザーの支持を得てきたソフトウエアだ。

「当時はJMAGの担当者はまだ多くなく、開発もサポートもなんでもやらなければいけませんでした。そうした経験からユーザーの現場課題に学ぶことの重要さ、それに応えるために大学や学会で学ぶことの重要さ、の2つを先輩たちから徹底的に叩き込まれました」

アプリケーションコンサルタント 成田 一行

損失問題でも、電気学会の調査専門委員会の幹事補佐を務めたり、大学やメーカーの研究者に呼びかけた独自の勉強会を続けている。課題発掘から先行開発、製品リリース、啓蒙という今のスタイルは、地道な学びのなかから形づくられてきたものだ。

「勉強会には、メーカーのR&D部門の人たちが参加してくださっています。彼らは、5年先の課題を考えるような人たちであり、JMAGがどのような機能を備えるべきなのかを的確に示唆してくれています。損失問題はまだまだ課題の多いテーマですが、だからこそ挑み続ける価値があると思っています」

損失問題という難しいテーマを、省くものは省いて分かりやすく説明しようとしてくれているのが、インタビューを通じて分かる。その優しい姿勢と深い理解を含めて、「科学の人」なのだとつくづく感じさせる。
一方で、『下町ロケット』の池井戸潤が好きで、世界史や中国史、イタリア史なども読み漁っていると言う。「塩野七生さんは大好きですよ」。天文少年だっただけに、何か大きな視点で本質をつかもうとする傾向があるのだろうか。

5年前に結婚。「妻との共通した生涯の趣味にしよう」とゴルフを始めた。多い年には月2のペースで回ったが、2年前に腰を痛めて現在は休戦中。
「ゴルフの何がそんなに面白いですか」と聞くと、「練習場ではうまく打てても、ゴルフ場ではうまく打てない。悔しいけど、そこが面白い」。自分のゴルフについては、解析・シミュレーション通りにはいかないが、やはり根っから解析・シミュレーションの人なのだ。


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