シミュレーション技術の高度化により、CAEの役割の深化をめざす

三菱自動車工業株式会社様では、自動車開発の効率化と安全性能の向上を両立させる取り組みの一環としてCAE(Computer Aided Engineering)の活用をいっそうおし進めています。自動車ボディの衝突解析に日本総研ソリューションズが提供するLS-DYNAを使用するだけでなく、逆解析ソルバーHYCRASHを用いて材料の加工硬化を取り込んだ衝突解析を行い、短時間で精度の高いシミュレーション結果を得て、それを設計や成形、さらには部品サプライヤー様とも共有しています。ものづくりの基盤を強固にする具体的な取り組みなどについてCAE部門の責任者である勝丸眞司・開発本部デジタル技術部長と、粟野正浩マネージャーにお話を伺いました。

御社において、CAEの担当部署であるデジタル技術部は製品開発においてどのような位置づけにあるのでしょうか?

勝丸部長:
「ものづくり」には、製造現場におけるものづくりと、研究・開発段階におけるものづくりのふたつがあります。CAEは、研究・開発段階のものづくりにおいて、さまざまな課題についてのシミュレーション結果を関連部署に提供する役割を担っています。

たとえば、衝突解析であれば、部材を実際に加工して試験している実験部に対しては前工程の位置にあり、設計部からみれば図面の内容を確認してくれるので前工程であると同時に図面を軸にすれば後工程になるともいえます。前であったり、後ろであったり、その位置づけもさることながら、さまざまな工程の隙間を埋める粘土のような存在としてあることが大事です。

アメリカの自動車メーカーのように各部門がきっちりと分かれ、いわゆる前工程と後工程の擦り合わせが少ないのと違い、日本では擦り合わせの文化があります。これは1年半から2年程度の短期間で次々と新車を投入する戦略とも関係していますが、全体の流れをスムーズにするのにCAEは非常に有効なツールであり、わたしたちの位置もそこにあるわけです。

三菱自動車工業株式会社 開発本部 デジタル技術部長 勝丸眞司氏(取材当時:2008年12月)

三菱自動車工業株式会社
開発本部
デジタル技術部長
勝丸 眞司 氏
(取材当時:2008年12月)

単に解析を行うというだけでなく、様々な部門間の円滑なコミュニケーションを主導する部署としてデジタル技術部があるのですね。

勝丸部長:
三菱自動車では4、5年ほど前から、開発も生産も一貫したマネージメントを用いて最適化をめざす構想があり、その活動もあってか生産と開発が離れている感じはしません。CAEのメンバーも、生産と開発の合同会議に出たりしており、両方の立場についてのそれなりの理解があります。ですから、プレス工程や組み立て工程で発生するであろう問題を事前に同じ土俵で考え、その知見をCAEの各種のシミュレーションに反映させていく取り組みもあります。他社での衝突シミュレーションの部門とプレス工程の人たちの関係はわかりませんが、当社では開発と生産両方のCAEをみていた時期があるので、うまく融合できているのではないかと思います。

事業化に際して多様な選択肢を提案する

自動車開発におけるCAEの使われ方、役割はどのように変化していますか?

勝丸部長:
現在の自動車の開発競争は、ターゲットにする顧客層や仕向地別の需要変化に迅速に対応すると同時に、いかにプラットフォームの標準化などによってコストを削減したり開発期間を短縮化するかという課題を抱えています。言葉を換えれば、標準化の部分を多くしながらも個性的な異なる車種をいかに多く、効率的に開発できるかということでもあります。

プラットフォームの定義も実にさまざまです。たとえば車台をプラットフォームだと定義するならば、Aという車で使った車台を電気自動車に転用したときには、どういう課題が浮かび上がってくるのか。またデザインを少し変更した場合や窓ガラスを小さくしたらどうか等々。このプラットフォームならば、こうした変更まではいける、ここまで踏み込むと衝突性能などが落ちる。それは、日本でここまで作れば大丈夫だとか、世界戦略車の場合だとここまで作り込んでおかないと海外工場には出せない、などといったことも明らかにする必要があります。

つまり、試験の代替のCAEだけでなく、フィージビリティ・スタディ、すなわち事業化調査の段階で、たくさんのプラットフォームについて様々なバリエーションについて解を求め、選択肢を増やすことにCAEはきわめて有効なのです。CAEによる検証時間が短縮されればされるほどたくさんのシミュレーションが可能になりますし、それがゴーサインが出たときに早く本格生産を軌道に乗せられることにもつながります。

具体的なものがなくても的確な予測や結果を得ることができるということでしょうか?

三菱自動車工業株式会社 開発本部 デジタル技術部マネージャー(衝突CAE担当) 粟野正浩氏(取材当時:2008年12月)

三菱自動車工業株式会社
開発本部
デジタル技術部マネージャー
(衝突CAE担当)
粟野 正浩 氏
(取材当時:2008年12月)

粟野マネージャー:
CAEの精度が上がってきて、具体的にものがあって実験をして比較するのではなく、ものがなくても予測できるのだなというコンセンサスはできはじめています。当社は、日本総研ソリューションズのLS-DYNAを活用して自動車ボディの衝突解析を行っていますが、材料の加工硬化を考慮して衝突解析を行うために、HYCRASHも併用して精度を高めています。その精度の高さに対しては非常に興味深いものがあり、設計や生産の人たちもCAEについての見方が変わってきました。

勝丸部長:
しかし、ひとつだけ注意しておかなければならないことがあります。今では非常に多くのシミュレーションが短時間で可能であり、多くの解析データを得られるのですが、シミュレーションはあくまでも開発上のヒントを生むツールでなくてはなりません。シミュレーションの結果を評価するのはやはりエンジニアの能力であり、洞察力だと思います。シミュレーションに頼りすぎると、それが課題の絞り込みのための道具になってしまい、人間らしい多様性を活かしたアイデアが切り捨てられたり、思いこみを助長してしまったりします。開発の早い段階から活用すればするほど、もろ刃の剣になってしまうのです。

生産性向上へのいっそうの貢献をめざす

これまでご使用いただいているLS-DYNAに加えてHYCRASHの導入に踏み切られたのはどのような理由からですか?

粟野マネージャー:
実は2000年ごろでしたか、当時の日本総研さんから現在のHYCRASHのようなものを作りたいのだが、と協力を依頼されたのが当社でした。しかし、残念ながらご協力できませんでした。というのも当時は、開発や生産関係者が一体になって解析プログラムを作るには技術的なハードルが高く、自分たちでやれるとは思えなかったのです。また解析部門とプレス部門の意見が十分に擦り合わせられる状態になく、さらに当時は衝突解析については検証要素が少なかったことも一因でした。

CAEルーム

CAEルーム

しかし、衝突解析精度の高さを求める動きが強まり、LS-DYNAはもちろん、加工硬化を取り込んだHYCRASHの有効性が非常に高まってきました。

衝突解析では、プレス成形時の残留ひずみと板厚の変化をとらえるプレス成形解析を行い、これを衝突解析モデルに反映して衝突解析を行う方法がありました。しかし、この方法では1部品ごとに衝突解析並みの計算時間がかかるだけでなく、解析結果を衝突解析モデルに反映する手段も複雑でした。

一方HYCRASHは、加工した後の製品形状から成形解析結果を導き出し、これを衝突解析モデルにそのまま利用することができます。数百の部品の成形による影響を1時間程度で計算できるのは、実に効率的です。しかも解析結果は、実際の実験結果にきわめて近い。つまり、設計段階でプレス成形の詳細な情報を必要とせずに成形性を考慮できるのです。

解析プロセスの改善による開発の効率化などへの貢献は、具体的に数値化されているのでしょうか?

勝丸部長:
試算はしていますが、そうした金額以上のものがあると考えています。もはや材料と、その加工による影響を無視しては安全性能を高められません。解析の精度が向上して材料を薄くできれば軽量化と燃費の良い車が開発でき、得るものはいっそう大きくなります。また精度の向上は、開発期間の短縮化にも大いに貢献します。

CAEのエンジニアは、LS-DYNAによるプレス解析だけでなく、HYCRASHによる成形解析のそれぞれがどのような意味を持っているのかを知ることが最も重要であり、それが開発に対する大きな貢献につながると考えています。

当社ではHYCRASHの解析結果を生産技術者にも見てもらっています。その意味は大きいですね。生産の方からも加工硬化に対する取り組みを促し、できれば部品加工でも、意図して加工硬化をつかめるような形になれば理想です。

部品サプライヤー様への展開についてはどのようにお考えですか?

粟野マネージャー:
現在各メーカー様にはデザインインとして、開発日程の極初期段階から携わっていただいています。解析分野でも同様に進めるべく、サプライヤー様での解析を相互に確認したり、サプライヤー様で作成していただいた解析モデルを活用させていただいて、車両開発に取り組もうとしています。HYCRASHもこうした活動の中で、双方が作成したデータをやり取りして共にメリットの多い体制が構築できるように考えています。

エンジニアの実力を高めるCAEへ

自動車の安全技術とCAEの将来像はどのようになるとお考えですか?

粟野マネージャー:
当然のことではありますが、事故による死傷者をいかに減らすかが最大の課題であり、実際、日本では減少傾向に入っています。最近では、事故そのものが発生しないようにする「プリクラッシュセーフ」に関する技術が注目を集めていますが、わたしは事故の起きかたが車種によって多様になっている点にもっと注目すべきだと感じています。また、車の使われ方などを考慮しながらどのような事故が起きているかを詳細に調べ、地道に対応策を施していく。当然、その対策づくりにはCAEが有効だと確信しています。たとえば歩行者とぶつかってしまった場合の安全対策など、CAEの力も活用して、よりリアルワールドで見ていく努力が必要だと思います。

勝丸部長:
予防安全では、センサーやレーザーなどの電子的なものと、車体構造や材料などのメカニック部分の両方からのアプローチが必要です。しかも両者は複雑に絡み合っている。電子部品の演算と制御、そしてメカとの連結まで含めてトータルな予防システムを作れるかどうかが技術開発の重要な鍵になるでしょう。
さまざまな分野のエンジニアが、予防安全を視野に入れた開発を進めなければなりません。センサーひとつをとっても、それをどこに置くべきなのか。車体構造との関係などたくさんの検討課題があります。そうした複雑な課題に回答を与えてくれるのがCAEではないかと考えています。

CAEを活用して開発された車体とともに

CAEを活用して開発された車体とともに

粟野マネージャー:
わたしたちは社内では「CAE屋」と呼ばれるのですが、正直、この呼び名は不満です。わたしたちは単にシミュレーションだけではなく、車体構造や生産技術も十分に理解したエンジニアとして、他部門の人たちといっしょに「衝突屋」と呼ばれるようになりたいですね(笑)。

勝丸部長:
CAEは様々な部門との関係性を深め、いろいろな形で発展していくのではないかと予想しています。たとえばCAEを、車の機能を追及する道具としたり、開発コンセプトを詰めていく道具としたり、構造を考えて設計へとつなぐ道具としたりする。言葉を換えれば、CAEの部門で働けば、エンジニアとしての総合的な基礎が身につけられ、成長できるので、そういう部門になってほしいと思います。

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パジェロ、ランエボ(ランサーエボリューション)、ギャラン、ディアマンテ、そしてデボネア。「ミツビシ」と聞くといくつもの個性的な名車、名車種の名前が浮かびます。今回のインタビューを通じて三菱自動車工業のエンジニアの皆様が各部門一体となって車体性能の開発、改良に関して真剣かつ詳細に取り組まれている雰囲気がひしひしと伝わってきました。弊社としてもユーザー様の厳しいご要望に沿ったサービスをタイミングよく提供していかなければならないと強く感じました。

Customer Profile


三菱自動車工業株式会社 開発本部 デジタル技術部長 勝丸眞司氏

三菱自動車工業株式会社
開発本部
デジタル技術部長
勝丸 眞司 氏
Shinji Katsumaru


1980:三菱自動車入社 本社生産技術部(岡崎) CAD/CAMグループに配属

1982:生産技術開発グループ
ロボット等の先行技術開発に従事、1987にアメリカの工場立ち上げ(ロボット関連)

1996:購買技術グループ長
部品サプライヤーの生産技術指導

1997:大江工場へ転勤 溶接治具設計
工場でのCATIA-V4導入リーダ

2000:岡崎工場へ転勤 生産技術管理部
デジタルファクトリー推進リーダ等、Delmia,3DCS等の立上げ

2002:開発本部 デジタル技術部 開発関係のCAE/CAD業務(下記)
衝突,強度,耐久,NVH,操安等のCAE解析、DMU,ミュレーション,CADモデリング等、2006にCATIA-V5プロジェクトリーダ

2006:デジタル技術部長 


三菱自動車工業株式会社
開発本部
デジタル技術部マネージャー(衝突CAE担当)
粟野 正浩 氏
Masahiro Awano

1991:三菱自動車入社 乗用車開発センター 研究部/構造研究グループに配属
車体構造の先行・基礎研究に関わる衝突CAE解析を担当

1995:機能実験部/強度試験グループ
衝突CAE解析による車両開発に従事、自技会衝突解析WGメンバー

1997:同部/衝突試験グループ
衝突CAE専任チームの立ち上げ、Volvoとの共同プラットホーム開発に従事(1999)

2001:ボデー設計部/ボデー基本計画グループ
北米向プラットホームの開発に従事

2002:デジタル開発部/CAEグループ
DCCとの共同プラットホームの開発に従事

2005:デジタル技術室/衝突NVH CAEグループ エキスパート
衝突CAE関連の取りまとめ

2007:デジタル技術部/衝突CAE マネージャー
衝突安全の戦略立案に関わる業務、衝突安全CAE全体の取りまとめ 


企業情報

三菱自動車工業株式会社

会社名

三菱自動車工業株式会社

設立

1970年4月22日

本社所在地

〒108-8410 東京都港区芝五丁目33番8号

従業員数

連結:33,202人 単独:12,761人

資本金

657,349百万円

会社の目的

  1. 自動車及びその構成部品、交換部品並びに付属品の開発、設計、製造、組立、売買、輸出入その他の取引業。

  2. 農業機械、産業用エンジン等及びその構成部品、交換部品並びに付属品の開発、設計、製造、組立、売買、輸出入その他の取引業。

  3. 中古自動車及びその構成部品並びに交換部品及び付属品の売買。

  4. 計量器等の販売。

  5. 損害保険及び自動車損害賠償保障法に基づく保険の代理業。

  6. 金融業。

  7. 前各号に付帯関連する事業。

  • このうち、農業機械に関する事業は現在営んでいない。

ホームページ

(2008年12月取材)


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