医療機関などとの関係の透明性確保を支える医療関係者支払情報集約システムの構築

田辺三菱製薬とJSOLは、医療機関や医療関係者への資金提供情報を集約管理する“医療関係者支払情報集約システム”を構築しました。資金提供などの情報を正確に収集・集計するには、基幹システムや営業支援システムなどとの緻密な連携が不可欠です。既存システムを活用して開発コストを抑え、それぞれが独立していた業務フローの改善にもつながった取り組みをご紹介します。

医療機関などとの関係の透明性を担保する「透明性ガイドライン」

製薬企業の医薬品開発においては、大学などの研究機関や医療機関と連携・協力して基礎研究、臨床開発、製造販売後の情報収集・提供活動、安全対策の強化など多様な産学連携活動が展開され、それに伴い資金の提供などがなされています。

しかし、連携活動が盛んになればなるほど特定の製薬企業や製品との関与が深まり、医療機関や医療関係者の判断に何らかの影響を及ぼしているのではないか、つまり利益相反(COI=Conflict of Interest)になっているのではないかとの懸念を持たれることがあります。そのため、資金提供などの透明性を高める取り組みに注目が集まっています。

こうした事態を受け、米国では資金の提供状況を開示する「サンシャイン条項」が制定されました。日本では日本製薬工業協会が、業界の自主規定として「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン」を作成し、加盟各社は2012年度分から自社のウェブサイトなどでの公表を開始しました。

ガイドラインは、5つの項目で資金提供の情報公開を求めています。つまり、【A】研究費開発費等、【B】学術研究助成費、【C】原稿執筆料、【D】情報提供関連費、【E】その他の費用(接遇等費用)、です。一部の項目では、総額だけでなく個別の情報も公開するよう求められています。

透明性ガイドラインに基づく正確な資金提供情報の公開は、社会やステイクホルダーに対する説明責任を果たすだけでなく、大学や医療機関の研究成果の信頼性を担保し、安全で安心な医薬品を社会に届けることにも貢献します。

しかし資金提供の情報は件数も多いため、正確な情報を公開するためにはシステム支援が不可欠です。今回、JSOLが田辺三菱製薬に構築した医療関係者支払情報集約システムは、既存のシステムを活用することで開発コストを抑え、ユーザーの負荷も増やさず、各種の支払いが発生する案件の企画段階から実施、精算処理までを連携させることを可能にしました。

8万件のデータを照合する力作業

田辺三菱製薬では、透明性ガイドラインによる資金提供などの情報公開を、2013年8月(2012年度分)から始めました。同年度の支払件数は、【B】学術研究助成、【C】原稿執筆料等、【D】情報提供関連費の3項目だけでも、約8万件にものぼりました。

個別公開の対象項目である講演料などの報酬費やコンサルタント費用などの情報はまず、営業や研究の担当者が立案して決裁を得た後、その内容を営業支援システムや委託研究管理システムなどに入力することから始まります。その後、情報を公開することについての「同意書」を作成して医療機関や医療担当者から同意書を入手。それにより企画が実施されます。企画の終了後は、経費精算システムによって精算処理を行います。

それぞれのシステムは、透明性ガイドラインが策定される前から個別の業務を支援するために開発されていたものなので、システムが連携することを前提に開発されていません。そのため一連の作業では、その都度、各システムにデータを手入力しなければなりませんでした。作業が重複するために、当然、ヒューマンエラーのリスクは避けられません。

公開情報は、その大部分に営業部門が関係しています。総務グループで透明性ガイドラインの導入と定着に力を注いできた荒川明子さん(現・営業本部営業業務グループ)は、「同意書は、担当者が医療機関や医師にご署名いただきます。その際、担当者自身が透明性の確保を目的に情報を公開させていただくことについて、その意義を先生方にご説明し、ご理解いただき、同意を得ることが必要です。単に既存の基幹システムの勘定科目からデータを抽出すれば済むというものではありませんでした」と語ります。

田辺三菱製薬株式会社 営業本部 提携・業務部 営業業務グループ 荒川 明子 氏

田辺三菱製薬株式会社
営業本部 提携・業務部
営業業務グループ
荒川 明子 氏

田辺三菱製薬株式会社 総務人事部 総務グループ 井手 敏之 氏

田辺三菱製薬株式会社
総務人事部 総務グループ
グループマネジャー
井手 敏之 氏

そのために、ガイドライン導入直後の公開情報の整備は困難の連続でした。医療関係者支払情報集約システムができるまでは、それぞれのシステムから該当するデータを抽出し、両者を名寄せして突き合わせる方法でデータを確定していました。

情報公開を担当する総務人事部の井手敏之グループマネジャーは、「私たちが正確さの"最後の砦"になるのですから、責任も重く、それでいて大変な力仕事でした。同意書に記載されている金額と実際に精算処理された金額が異なっていたり、同じ医療機関にもかかわらず機関名が統一されていなかったり、その照合には相当の労力を要しました。公開前は残業の連続でした」と振り返ります。

実は、田辺三菱製薬では、2015年春には経費精算システムを再構築することが決まっていました。COIマネジメントの一翼を担う荒川さんらは、「経費精算システムの再構築に併せてガイドライン関連のシステムを構築し、作業の効率化と正確さを確保できないか」と考え、情報システム部門に希望を伝えます。そして具体的な対応を打診されたのが、経費精算システムの再構築を要請されていたJSOLでした。

COIマネジメントを業務フロー改革にもつなげる

田辺三菱製薬の医療関係者支払情報集約システムの設計が始まったのは2014年1月。JSOL側のプロジェクト・マネージャーを担ったのが基盤ソリューション事業部チームマネジャーの堀道子です。

堀は、情報システム部門だけでなく、営業、研究、開発など、さまざまな部門に徹底したヒアリングを実施しました。作業負荷の現状を理解するだけでなく、日々の仕事のなかで公正かつ公明な仕事が実現するには、どうすればよいかを探らなければならないと考えたのです。

田辺三菱製薬株式会社 内部統制・コンプライアンス推進部 倫理審査室 皆本 義基 氏

田辺三菱製薬株式会社
内部統制・コンプライアンス推進部
倫理審査室
皆本 義基 氏

ヒアリングでは例えば、営業部門のコンプライアンス向上推進に携わる倫理審査室の皆本義基さんからは、「作業が複雑になりすぎては営業担当者の負荷がかかりすぎる。従来と同じぐらいの入力作業で情報の正確さにつながるような仕組みが欲しい」と強く要望されました。

また荒川さんからは、「透明性ガイドラインは現在は自主規制ですが、将来的にはサンシャイン条項のように法律化され、公開の仕方がより厳密になる可能性もあります。そのために、ある程度将来を見据え、医療施設や医療関係者の個別情報を軸にして支払いや契約などの情報を集約・管理できるシステムを考えたい」といった希望が寄せられました。

堀はヒアリングの結果、(1)入力の際にベースとなる医療施設や医療関係者のマスターが異なっているのをどのように克服するか、(2)それぞれのシステムへの手入力を減らし、正確性を担保するにはどのようにすればよいのか、(3)異なる部署のシステムが連携することに伴うシステム全体の負荷の増大を、いかに低減させるか、などの課題を明確にします。

例えば企画段階のデータが、同意書のデータとは別個のものとして取り扱われてしまうと整合性が確保されません。それにより正確さが担保されないだけでなく、業務を煩雑にしていることなどに改善点があると考えたのです。だからこそ堀は、「経費精算システムの再構築をきっかけにして、業務フローそのものをすっきりしたものに転換できないかな、と秘かに考えていました」と打ち明けます。

既存システムを、COI情報で統制する仕組み

株式会社JSOL 基盤ソリューション事業部 開発第五グループ チームマネジャー 堀 道子

株式会社JSOL
基盤ソリューション事業部
開発第五グループ
チームマネジャー
堀 道子

堀は、「大規模なシステムを新設しなくても医療関係者支払情報集約システムを構築するのは可能だ」という結論に至ります。既存のシステムに、一気通貫する情報を与えればコスト負担の少ない、それでいて正確な情報を収集できる仕組みはできると考えたのです。

2015年4月から稼働を始めた医療関係者支払情報集約システムは、まず公開される情報を中心として営業支援システムや委託研究管理システム、経費精算システムなどとつながる形にしました。

具体的には次のように流れます。営業担当者が営業支援システムに講演会や説明会などの企画情報を入力。講演会であれば講演会ナンバーや講演会名、実施日、施設・医師コード、予定謝礼額などを入力します。次に、その情報を基に同意書が作成されます。同意書が得られると、先の企画情報に「同意書番号」と「透明性ナンバー」が採番されて同意書管理システムにデータが流れます。この際、入力するのは決定した謝礼額だけ。

経費を精算処理する時は、その同意書に記載された情報を基に支払いが行われます。つまり同意書データが経費精算システムに引き継がれます。研究開発部門の共同研究や委託研究は、契約書を交わした時点で、同様のデータが生成されるようになっています。

この仕組みでは、同意書を受領していなければ精算処理のステップには進めません。また精算処理をする際に万が一、項目や内容が変更になっていたとしても自動的に警告を発するようにもなっています。

医療関係者支払情報集約システムは、業界標準の統一された医療施設・医師コードデータを備えており、それをキーとして各システムから対象者に関する支払情報を収集して照合します。これで透明性ガイドラインの情報を一元管理でき、報告資料も容易に作成できるようになります。つまり統一された医療施設・医師コードを中心に情報が巡回することで正確さが担保されるのです。

最初に正確に入力するだけですべてがうまく回っていく。営業担当者の手入力作業は大幅に削減され、皆本さんから強く要望された「+αのαが大きくならないように」も実現できました。

図表1

複雑な業務フローを整理し、自然に法令遵守に導く仕組み

現在、医療関係者支払情報集約システムは順調に稼働しています。井手グループマネジャーは、「データの確認作業は本当に楽になりました。もう残業はいらないでしょう」と語ります。

田辺三菱製薬株式会社 情報システム部 マネジャー 竹内 美季 氏

田辺三菱製薬株式会社
情報システム部
マネジャー
竹内 美季 氏

情報システム部の竹内美季マネジャーからは、「各部門の業務フローを洗い出し、それを整理した形での業務フローをシステムが提供できたと思います。むしろこうした副次効果が、今回のシステム構築の大きなメリットであったと思います」という評価をいただきました。堀が秘かに考えていた狙いが、実現できたのでした。

同じく情報システム部の板本公司さんからは、「営業や研究など部門別にシステムに期待するものは異なっており、その調整は実に大変です。しかし今回、JSOLと堀さんが構築してくれた手法は、どの部門も非常に納得しやすい柔軟性に満ちたものでした。厳しい日程のなかで、よくここまでたどり着けたものだと思います」という評価をいただきました。

全社のシステムとしては、まだ医療施設や医師の統一コードを軸にした形にはなっていませんが、荒川さんから要望があったシステムのあり方の一端は実現できました。その荒川さんは、「透明性ガイドラインでは公開内容の正確さが必須の条件ですが、正確さを担保する精査された情報を、特段に意識せずとも作成できるシステムになり、喜んでいます」と語ります。

堀は、「医療関係者支払情報集約システムを軸に全社のシステムが結び付き、一つの統制を創れたことは、個人的にもよい学びになりました。また、過去の実績データが営業支援システムに環流されるようにもしましたので、データをシステム資産として活用していただけるようにしたのもよかった、と感じています」と語ります。

田辺三菱製薬によりJSOLは、医療関係者支払情報集約システムの構築で大きな知見と実績を得られる好機を恵まれ、同時に期待に応えられたのです。

田辺三菱製薬株式会社 情報システム部 板本 公司 氏

田辺三菱製薬株式会社
情報システム部
板本 公司 氏

集合写真

前列左から、田辺三菱製薬株式会社 竹内氏・荒川氏、株式会社JSOL 堀
後列左から、株式会社JSOL 阪本・吉田、
田辺三菱製薬株式会社 皆本氏・板本氏・井手氏、株式会社JSOL 山田

プロジェクト責任者より、本プロジェクトを終えて

「当社は、田辺三菱製薬における基幹システムを従来から構築、保守運用してきましたが、今回のプロジェクトは、お客様にとっても、JSOLにとっても新しい領域への取り組みでした。透明性ガイドライン対応は製薬企業各社にとって共通の課題ですが、関連する既存システムが多数存在するなかで、抜本的にガイドライン対応システムを導入するのは、さまざまな制約条件があり難しいのが実情です。JSOLは今回のプロジェクトを踏まえ、ガイドライン対応で要求されるシステム機能群を外部支払管理ソリューションとして整備しました。これにより、お客様の状況に応じて必要な機能群を組み合わせたシステム構築が可能になります」

株式会社JSOL 西日本ビジネス事業部 副事業部長 山本 権一

株式会社JSOL
西日本ビジネス事業部
副事業部長
山本 権一

企業情報

田辺三菱製薬株式会社

会社名

田辺三菱製薬株式会社
Mitsubishi Tanabe Pharma Corporation

本社所在地

大阪市中央区道修町3-2-10

株式会社設立

1933年12月15日

資本金

500億円

事業内容

医療用医薬品を中心とする医薬品の製造・販売

ホームページ

(2016年01月現在)


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