(2012年03月現在)

経営資源を有効活用するために企業全体の動きや状況を統合的に管理し、経営の効率化を図るERP(Enterprise Resource Planning)。ERPを支援する統合型基幹業務ソフトウエアがERPパッケージ。その世界最大手であるドイツSAP社のERPパッケージをベースに、独自の利用技法を開発しながら多くのシステム革新を成功に導いてきたのが西日本ビジネス本部 開発第一部 第二課のITアーキテクト、矢萩昌孝である。各プロジェクトにおける多数の設計や開発技術の確立は、SAP・ERP導入提案におけるJSOLの評価を大きく高めている。

JSOL認定ITプロフェッショナル
ITアーキテクト
矢萩 昌孝

SAP社製のERPパッケージ(以下、SAP・ERP)は、同社の広報によれば開発から35年を経て、全世界で4万3000社に導入されているという(※1)。
言うまでもなく、ビジネスや企業を取り巻く情勢は、きわめてシビアでリスキーになっている。たとえばグローバル化の進行は、地政学的なリスクを抱え込むだけでなく、世界の経済情勢の影響をまともに受けることにもなる。
そのために企業は、業務の効率性や競争力を不断に見直し続けなければならず、しかもそれは、機動的に行われなければならない。そのためにSAP・ERPに象徴される、ERPソリューションの導入を急ぐ企業が増えている。

「SAP・ERPは、ERPソリューションとしては、実に安定した基盤です。正直なところ、やり過ぎではないか、オーバースペックではないかと感じる部分さえあります」と矢萩は笑う。
SAP・ERPの機能や品質がいかに優れているかは、他のERPパッケージでシステムをつくろうとした経験がある技術者ならば誰も異論を唱えないだろう。たとえば、顧客の扱うデータ量に合せ自在に性能を伸縮できる負荷分散機能を備えた実行基盤、不具合を徹底的に調査するためのデバッグ・トレース機能、性能を担保するためのパフォーマンス分析機能などは突出しており、サポートも充実している。

「SAP社は、何か問題が起きてビジネスが停止するようなことがあってはならないミッションクリティカルな基幹業務アプリケーションを提供する企業ですから、製品そのものの品質からアフターサービスまで一貫したレベルを維持しています」

そのSAP・ERPの導入プロジェクトに国内最初期から取り組んできたのが日本総合研究所であり、同時にSAP・ERPの普及を促進する国内SAPパートナーの有力メンバーとして活動を続けてきた。日本総研からJSOLへと改組が進んだが、JSOLは2012年も14年連続でSAP社から「SAP AWARD OF EXCELLENCE」を受賞している。JSOLは、日本におけるSAP・ERPのエバンジェリスト(福音伝道者)と表現してもおかしくない。

顧客への販売活動は1995年に始まった。97年ごろになると、製薬業界を中心にそれまでのホスト型システムからオープン系システムへの転換が本格化し、販売や購買、生産管理も範疇とするSAP・ERPは、企業の基幹業務システムを根幹から更新する"ビッグバン導入"の本命として圧倒的に支持されるようになる。

「ERPを導入すると、俯瞰できる経営情報の領域がグンと広がり、戦略的かつ戦術的な経営判断ができるようになります。わたしがERP専任となったのは1995年のことで、以来、日本におけるERPの普及と共に歩んできました」

(※1)SAP社WebサイトのSAP ERP:関連資料より。(2012年2月現在)

強固で安定した基盤の上に、さまざまな改善技術を盛り込む

ホスト型からオープン化への移行は、各業務要件に特化したシステムやアプリケーションが次々と出現する"分散化"の始まりでもあった。業務要件に特化したシステムであるが故に、情報の精度は高く、情報処理のスピードも速い。だが一方で分散化には、情報がばらばらになり、情報を再統合しなければ経営の全体像がつかみにくくなるという問題があった。

そこに登場してきたのがERPだ。矢萩によると、ERPは簡単に言ってしまえば「膨大な数の伝票をまとめた大福帳システム」だ。
つまりERPは、さまざまなシステムに蓄積されている日時や商品名、数量、相手先、担当者等々の情報が書き込まれた伝票を、業務領域の壁を乗り越えて一箇所に集め自由自在に利用できるようにする。
とはいえ、企業内の全てのシステムがERPに置き換わる訳ではない。ERPが不得意な分野の存在、SAP以外のパッケージソフトや自社開発システムの利用、有効に活用できる範囲を見極めた取捨選択や段階を踏んだ導入といった諸事情によって、ERP導入後も様々なシステムが混在することになる。
したがってシステムインテグレーターはERPの導入に合わせ、(1)ERPをベースに、個々のシステムを連携させる仕組みをつくる、(2)利用できるようになった情報の分析や利用などの手法を開発する、といった課題も担うこととなる。

ITアーキテクト 矢萩 昌孝

「SAP・ERPの場合、システム基盤の機能は非常に優れ、安定した基盤となります。そのためシステム稼動後のわたしたちの仕事は必然的に、二つ目の情報の分析や利用手法の開発に重点が置かれます」

データをいろいろな切り口で分析・加工して利用者に分かりやすく、価値ある情報として提供し、企業の意思決定に活用することをBI(Business Intelligence)という。具体的には、「月曜日に経済誌を買うのは男性が多く、一緒にコーヒーも買っていく人が多い」というようなデータ間の関連性を分析するDWH(Data Ware House)、情報部門だけでなく解析結果を必要としているエンドユーザーが自らのアイデアも盛り込んでデータ分析ができるOLAP(On-line Analytical Processing)、さまざまな連携元のデータフォーマットを統一し、必要な切り口を付与し分析しやすい形式に加工し格納するETL(Extract Transform Loader)などがある。
SAPではSAP・BW(Business Warehouse)、SAP・BO(Business Objects)、SAP・HANA(High-Performance Analytic Appliance)などこの領域に複数の製品群を用意している。

「ビジネスの実態を一刻も早く正確につかみ、誰よりも早く有効な手を打ちたいと願わない企業人はいません。『こういう切り口は可能か』『こんな形で情報を見れないか』など、お客様の要望を徹底的にお聞きして、それを実現するためにSAP・ERPを中心にさまざまなツールを組み合わせ仕組みを創っていきます」

「また、SAP・ERPには、正式出荷前の製品がお客様の要望に応えられるかどうかなどを判断するステップとして、『SAP Ramp-UP』があるのですが、SAP BWの新バージョン導入にあたって、新たに装備された機能をどのように活用すべきかを探るプロジェクトにもかかわってきました。顧客にとって有益な機能を見極め新製品をスムーズに導入するための準備にも力を注いでいるのです」

ホストでもできなかった精緻な処理をDWHサーバー上で実現する

SAP・ERPをベースとする具体的な情報の活用技法や、それを可能にする基盤的な技術の開発は、研究室で行われているのではない。まさに、プロジェクトの現場で検討され、開発され、検証されていく。矢萩がこれまでに取り組んできたプロジェクトから、いくつかを紹介してみよう。

まずSAP・ERPが自ら備えているプログラム言語である「ABAP」とDAL社のEDIソフト「ACMS」を使って、製薬業界向けにマスタ管理やEDIのサブシステムなどを開発。これをパッケージ化して複数のユーザーに販売している。製薬業界では、JSOLがシステム開発を担っていないメーカーでも、このパッケージだけは使っているケースが多い。

あるグローバルに展開する部品メーカーのビッグバン案件では、それまでは財務会計の報告以外に海外法人から経営情報を体系的に集めることができていなかった点を刷新。新システムの稼働により、すべての海外法人が一つのシステムを利用して販売計画や実績情報をリアルタイムで共有できるようになった。
これらの情報は、品種やメーカー、国、地域といった経営の意志決定の単位に合わせてセグメント別に整備されており、グローバルな販売動向の詳細な把握だけでなく、同時にPDCAサイクルの達成状況を評価できるようにもなっている。

ITアーキテクト 矢萩 昌孝

「このプロジェクトでは、グローバル展開における統制の難しさを学びました。国や人種が異なる利用者の間では、何が共有できて、何が共有できないかという基準が打ち出しにくい。これを熟慮したうえで本社から要請を発信しなければ、海外現地は簡単に受け入れてくれません。そのためにシステム的には、データの切り口をグローバルビジネス戦略と合致したものに絞り込み、根幹部分の早期立上げを実現しました。その後、システムの利用が進み、利用者の間にグローバルな情報共有の下地が整備されてきた事に歩調を合わせ、システムの機能も継続的に強化しています。」

別な企業で展開された「管理会計システムの再構築と、事業性評価制度などの新制度の導入」というプロジェクトは、約4年におよび長丁場だったが、その成果は画期的なものであった。
たとえば、工場から物流センターを経て客先に納品する際に発生するトラックの傭車費や組み立て・施工費用、倉庫への保管費などは、輸送実績と費用がバラバラに発生する。
これを管理会計システム上で日々発生する物流データと費用をマッチングさせて製品単体の物流コストを計算したり、サイズを基準とした按分率を決めたり、配送条件による物件損益の変動をシミュレーションしたり、伝票入力の遅れによる救済措置を決めたりするなどの精緻な処理は、ホストコンピュータでも実現が困難だった。
しかし矢萩は、SAP・ERPをベースとしてDWH上で、つまりサーバー上で実現してしまった。

「SAP・BWには実装されていないために、お客様の要望にお応えできない機能は、わたしたち自らが代替機能を開発して補完しました。このプロジェクトに対するSAP社の評価も高く、社内外のシンポジウムで講演させていただいたり、ノウハウを他社に横展開したりできました」

日本のものづくりの力がSAP・ERPにも反映される

矢萩は、1992年に日本総合研究所に入社。95年の年初まではオープンシステム開発部でプログラマなどを務めていた。
そして先にも書いたように、95年6月からERPの専任部署に移り、以来、SAP・ERPを中心として"ERP一筋"で歩んできた。
当初はプログラミングが中心だったが、2002年にはコンサルタント業務も手がけるようになり、さらに2004年以降からはプロジェクトマネジャーやプロジェクトリーダーとして大規模プロジェクトに相次いで取り組んできた。

「海外企業でのSAP・ERPの導入事例では、SAP・ERPがパッケージとして示す業務の仕組みというか枠に企業が合わせていくパターンがほとんどです。つまり、SAP・ERPの示す業務のやり方が、業務の標準なのです。しかし、日本はまったく違います。商慣行が欧米とは違うこともありますが、とにかく自分たちが使いやすいように改善してしまう。こういうところに、製造業か非製造業かは関係なしに、日本の企業が持っているものづくりの力、改善への意欲、もっと言えば明治時代以来の技術のキャッチアップ力を実感します」

JSOLでは、SAP・ERPをもっと使いこなしてもらうために、これまでの豊富な導入実績から創造された業務プロセスの部品群やアドオンプログラムを「SAPテンプレート J-Model」シリーズとして用意している。これにより、SAP・ERPの導入が、より短期間、より低コストでできるようになった。

SAP・ERPを使いやすくするテンプレートなどのさまざまな道具。そのアイデアは、どこから生まれてくるのだろうか。矢萩は、「最初から、こういうものを創ろうなどと考えている訳ではないのです」と打ち明ける。
「プロジェクトの現場で、こことここをつなぐものがあれば、もっと使い勝手が良くなるのではないかなどと思うと、そこで開発します。SAP・ERPは、基盤というかプラットホームとしては非常に強力ですから、そこには手をつけず、ちょっと変化させたいところを機能追加して、うまく動くようにする。たとえばシステム連携の仕組みです。そういうものを作り貯めして、手が空いたら改善したりしているのです」

ITアーキテクト 矢萩 昌孝

顧客とシステム設計で打ち合わせたり、実際の開発の現場で課題が見えてきたら、「こんなのありますが、どうですか」と提案する。表現は妙だが、大きな小物入れを抱えているようなもので、これがダメならこちらはどうか、と次から次へと箱の引き出しが開けられる。その箱の大きさが尋常ではないのだ。

そうした取り組みの根底にあるのが、ものづくりに取り組む者としてのシステムインテグレーターのあり方についての矢萩なりの強い思いだ。
「日本の情報システム開発というのは、どこか建設業的なところがあります。つまり、かかった人間の数と時間で労賃が決められる。しかし、海外ではシステム開発は、まさに知的活動と、その成果であるソフトにお金を払っています。どうして日本は、こうなってしまったのか。そんな状態を克服したいという思いが、ずっとあるんです」

実直で誠実な人柄が、なんの飾りもなく示された一言だった。


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