(2012年03月現在)

~スーパーコンピューティング技術の社会貢献~

2011年9月、兵庫県立大学神戸ポートアイランドキャンパスを会場に、「次世代における災害シミュレーションと構造安全性に関する国際シンポジウム(DS'11)※1」が開催された。シミュレーション科学を軸にした防災シンポジウムであり、東日本大震災後の最初の国際的な催しであった。JSOLは、シンポジウムを後援すると共に研究成果も発表した。シンポジウムを主催した同大学大学院シミュレーション学研究科科長の佐藤哲也教授、シンポジウム開催のきっかけとなった「災害シミュレーション懇談会」幹事の橘英三郎大阪大学名誉教授(JSOL技術顧問)、JSOLエンジニアリング本部営業部部長補佐でJSOL認定ITプロフェッショナル(アプリケーションコンサルタント)の猿渡智治が、DS'11の意義やシミュレーション学の可能性について話し合った。

写真左:JSOLエンジニアリング本部 営業本部部長補佐 JSOL認定ITプロフェッショナル(アプリケーションコンサルタント) 猿渡 智治
写真中:兵庫県立大学 大学院シミュレーション学研究科長 佐藤 哲也
写真右:大阪大学名誉教授(工学研究科フロンティア研究センター特任教授) 橘 英三郎

シミュレーション科学を軸にした国際シンポジウムDS'11

猿渡:
DS'11は、コンピューターを利用したシミュレーション科学を軸に据えて災害シミュレーションと構造安全性について議論した会議で、東日本大震災の後ということもあり、世界的にも注目されたシンポジウムだと思います。2日間の討議には、100人を超える参加者があり、情報通信や免制震構造、津波・衝突問題、鉄筋コンクリート、地球内部ダイナミクス、原子力関連施設などさまざまなテーマから発表がありました。まずDS'11の開催に至る経緯をお教えいただけますか。

佐藤:
私がかつてセンター長を務めておりました海洋科学技術センター(現・海洋研究開発機構=JAMSTEC)のスーパーコンピューター「地球シミュレーター」を利用して、橘先生が鉄筋コンクリート(RC)造りの高層ビルの構造分析をできないかと持ちかけられたのが、そもそもの始まりです。

橘

橘:
私は長年にわたり建築工学、特に構造解析学を研究してきました。今やRCの技術が向上し、高さが100メートルを超える高層ビルも珍しくありません。しかしながら一方で、こうしたRCの高層ビルはまだ一度も、大地震の直撃を受けていないのです。阪神淡路大震災のときも調査活動を行いましたが、ビルのある地盤も含め、大地震でビルにどのような影響があるのかを総合的に分析してみたいと願っておりました。そこで佐藤先生にお願いしてJAMSTECと大阪大学の共同研究プロジェクトとして高層ビルの地震シミュレーション研究が始まりました。
その後佐藤先生が兵庫県立大学に移られ、関西に活動拠点を移されたこともあって、研究を深めようと「災害シミュレーション懇談会」を組織しました。佐藤先生には座長に就任していただき、私が幹事を務めています。2010年以降、数回にわたり討議会を開いてきましたが、国際シンポジウムをやってみようという気運が高まってきたのです。

猿渡:
私も2010年の10月ごろから懇談会で国際シンポジウムの計画をお聞きし、お役に立てればと考えていました。その後2011年3月11に東日本大震災を、秋には台風による大規模な土砂災害などを経験し、自然災害とシミュレーション科学に関するこのシンポジウムの意義について深く考えさせられることとなりました。
シンポジウムを開いてみて、やって良かったと思われたのはどのような点ですか。

佐藤:
シミュレーション科学を軸とした災害研究に関する総合的な国際シンポジウムは東日本大震災発生後初めてで、学際的であるだけでなく、大学や官庁や企業の枠を超え、さらに世界の国々から研究者が駆けつけてくれたという、いろいろな意味で総合的なシンポジウムとなりました。

橘:
そうですね。特に東南アジアの新興国の先生方が多く参加され、解析環境や免震技術について理解を深められたのは意義深かったと思います。日本のシミュレーション科学が果たすべき役割の一端を認識させられました。

佐藤:
まさにヨーロッパへのアピールではなく、日本の技術をアジアの人々と一緒に、アジアに役立てるために育てていくべきであることを実感しました。これは日本の関係者だけでなく、アジアの参加者にも共通した実感であり、互いの大きなモチベーションになったと確信しました。

シミュレーション科学の自然災害研究の有効性

猿渡:
先ほど、JAMSTECと大阪大学の共同研究プロジェクトを行ったというお話がございましたが、自然災害研究におけるシミュレーション科学の有効性といったものを改めて確認させていただけますか。

橘:
共同研究プロジェクトを素材に僕から話しましょう。高層建物の動的な解析では、通常は各階ごとに一つの質点で表す、いわゆる「串団子モデル」が用いられます。それはそれで要点をおさえた簡便なモデルなのですが、どうも物足りない(笑い)。串団子モデルではどうしてもとらえにくい挙動があるのではないかと気になって仕方がない。
私が佐藤先生に「地球シミュレーターでやってみたい」とお願いしたのは、鉄筋を1本1本きちんとモデル化して見たいし、もちろん輪っかのように巻かれている細いフープ筋やあばら筋も忠実にモデル化したい、コンクリートは10センチ程度のサイコロ状の有限要素に分割し、かつ杭や周辺地盤も含んだ一体化したモデルとして解析してみたい、だからこそ「地球シミュレーター」のようなパワフルなコンピューターが必要だと思ったからなのです。

猿渡:
まさに構造解析学の専門家としての橘先生の宿願だったのですね(笑い)。

佐藤

佐藤:
しかし橘先生のお話は、2000年代初頭のスーパーコンピューターによるシミュレーション科学の本質的な部分を見抜いていらっしゃった。つまり「地球シミュレーター」というスパコンの大きな効能は、地球を丸ごとシミュレーションできることを実証した点にあるのです。キーワードは「丸ごと」です。
そもそも「地球シミュレーター」というスパコンのアイデアは、科学技術庁航空宇宙研究所、今のJAXAにいらした三好甫さん(故人)らが計画を練られたもので、1997年の京都議定書の地球環境保護という流れに乗って「地球シミュレーター」として実現しました。しかし三浦さんはシミュレーター開発者なので、対象分野を気象に限る気はなかった。気象は半分ぐらいで、後の半分はいろいろな分野に開放して有効に使おうと考えられた。そうした流れのなかに橘先生との共同研究もあるのです。

猿渡:
結果的に先生方のプロジェクトは中断してしまったとのことですが、それでもどのような成果を確認できたのでしょうか。

橘:
解析にはJSOLが取り扱っている衝撃シミュレーションソフト「LS-DYNA」を使い、多くの知見を得られました。例えば、地震荷重の応答解析結果をアニメーションで見ながら、ここぞと思う時点で一旦ストップする。そして、その一部を拡大してコンクリート部分や梁の付け根あたりの鉄筋の軸力変動を見るとか、柱と梁の部分をまとめて縦方向にスパッと切って主応力の流れを見るとかです。いずれも「地球シミュレーター」を使わなくてもある程度は分かっていたことですが、上下衝撃荷重では床の中央部で大きく増幅することや、水平荷重では杭に生じる応力は外側に並んだ杭と内側に配置された杭とでは分布が異なることなど、多くの新発見もありました。
何よりも、「建物全体の鉄筋1本1本までモデル化し、さらにそれだけでなく杭も地盤も合わせてモデル化して丸ごとシミュレーションする」という素朴な目的のための突破口が開かれたのは、「地球シミュレーター」のおかげでした。もちろんそれは佐藤先生のおかげでもあり、感謝申し上げなければならないのです。

猿渡

猿渡:
シミュレーションの大規模化、いわゆる『丸ごとシミュレーション』はものづくり分野への影響も大きくなっています。
例えば従来の自動車衝突安全設計の分野では、衝突時における車体変形や減速加速度などの評価が主な目的で、ボルト締結部やスポット溶接など細部の詳細な破壊現象は同時にシミュレーションすることができず個別の現象として検討してきました。しかし近い将来、衝突時に細部の壊れ方までを丸ごとシミュレーションで表現することができるようになると考えられます。そうなれば変形~破壊のプロセスが明らかになり、仮説で処理してきた現象や想定外にあった現象を含めた総合的な評価が可能になります。そしてそれらを設計に反映することにより、安全・安心な製品づくりの向上にさらに貢献できるようになります。
また最近では流体や構造、電磁場といった異なる現象を連携させてシミュレーションする技術も進んできています。
自然災害研究においても、丸ごとシミュレーションすることによって、個別の現象に関する研究を深めるだけでなく、各現象の相互作用や関係性といったものも考慮した総合的な研究ができるのではないかと考えています。

細分化された研究に横串を入れ、総合科学としての防災を可能にする

佐藤:
丸ごと分析は、自然災害でも同じなんです。災害研究は、各研究者が個別に研究成果を深めていましたが、それは研究テーマ間のかい離を深めるというか、連携を難しくする一因にもなっていました。そこに横串を刺すかのように研究成果同士を結んで総合的な成果を得るための紐帯としてシミュレーション技術が活躍するのです。
コンピューターの一番重要な役割は「未来を見ていく」点にあり、広く情報を集めシステマティックに組み立てていくことによってその「未来の確からしさ」というものが出てくる。そもそも未来とは総合的で学際的なものなのです。

猿渡:
「学際的」「総合的」というお言葉がありましたが、今回のDS'11では、情報通信に始まり、免制震構造、地盤・構造材料、破壊力学、津波と衝突問題、地震波動伝搬などさまざまな分野からの発表がありました。かく言う私たちJSOLも、津波衝撃シミュレーションやRC防護壁に対する列車衝突衝撃シミュレーションなどを発表させていただきました。シミュレーション科学の適用領域や活用法はまだまだ広がると実感しました。

関連参考事例 <SPH手法を用いた津波シミュレーション>

RC防護壁に対する列車衝突衝撃シミュレーション

橘:
狭い意味で適用領域といえば、それはシミュレーションで設定されている仮定の範囲内です。しかし、シミュレーション科学には、シミュレーション結果を現実世界に当てはめてみたり応用してみるという意味で、私たちが想定する以上の領域があるかもしれないし、結果から逆に現実を評価し直すという意味でも活用範囲は広い。というのも、我々は現実を見ているようでも先入観にとらわれて意外と見えていない部分も多いからです。

佐藤:
これまで、シミュレーション科学に対するアカデミズムの見方は、さほど高くはありませんでした。さまざまな具体例を想定するのがシミュレーションですが、昔流の演繹性を重んじる理論からすれば、その具体例には普遍性がないと評価されてしまう。特に理工系の先生たちには、新しい概念が導き出されないとダメという傾向がありました(笑い)。しかしスパコンの性能が向上し、さまざまな具体例から帰納的に普遍性を導き出していくことが可能になってきており、ここに来てシミュレーション科学は学問の役に立つのだと認識されるようになってきました。

猿渡:
そうすると災害研究におけるシミュレーションの活用でも、従来にはない、まったく新しい領域開拓が可能になるのではないでしょうか。つまり自然や物理現象の解明だけでなく、従来は対象としてこなかった人間行動とか社会のあり方も含めた「丸ごと」が可能になってくる。

佐藤:
おっしゃる通りです。災害とシミュレーション科学の関係を考えるときに「人間」という軸が1本立ちますね。
どのような原因で、どこで地震や津波が発生するのか。このシミュレーションはまさに工学的、理学的なシミュレーションの世界です。その他にもう一つ、災害が起きた時にいかに人命を守るのか、その方法はあるのかというシミュレーションがあります。キャッチフレーズ風にいえば「防災から減災へのシミュレーション活用」とでもなりましょうか。単なる工学的な領域を超えて人文科学の領域に入っていくシミュレーションです。DS'11でも、アジアから参加なさった先生たちは、この点に最も関心を寄せられていたようです。

橘:
建築構造設計とシミュレーションの関係を考えると二つの特徴がありますね。まず、建築物は自動車などと異なり一品生産であり、設計に多くの時間を割けない。二つ目が巨大地震の再現機関が数十年から数百年単位であるということ。このため、まじめに設計しても、その良さがすぐに社会に知ってもらえるわけではないので、結局は「基準通りでいいや」と安易な方向に流れがちになってしまう。しかしケースバイケースで基準でカバーできないところもあるわけで、だからこそシミュレーション科学の活用が重要になります。それを促すには、たとえば損害保険会社の査定技術がもっと深く関わってくるといった取り組みが必要でしょう。

佐藤:
僕は、そうした流れを「シミュレーション科学からシミュレーション学へ」といっているのです。実際、兵庫県立大学がつくった大学院研究科の名称は「シミュレーション学研究科」です。つまり、人間を中心に据えてシミュレーション技術の活用と向上を考えてみるというものです。「人間は、あらゆる現象を解明できるのだ」という西洋的な解釈科学の限界に対する新たなアプローチがシミュレーション学であるともいえます。
言葉を換えれば、普遍の法則性は乏しいが、人間集団がつくり出す法則性を探り、それを新しい社会システムをつくるために利用する。それがシミュレーション学です。科学的な分析と人間を軸とする二つのシミュレーションのミックスが、今後は有効になっていくでしょう。

橘:
そういう意味では、現在、大きな社会的な問題になっている原子力発電などのエネルギー問題でも、単に原子力が怖いとか危ないとかではなく、シミュレーション学によってソリューションを構築していくような姿勢があっても良いと思いますね。

シミュレーションの実用化を実感させ、広めるソフトの投入を

猿渡:
最後にシミュレーション技術の、具体的な普及策についてご意見をお伺いいたします。JSOLは、LS-DYNAやJMAGシリーズなど、いくつかのシミュレーションソフトを持ち、現在はものづくりの世界での技術向上や効率性の向上に貢献したいと考えています。それこそ最先端の学問的知見を取り入れてソフトのブラッシュアップを継続しながら、シミュレーション技術の進化とソフトの進化が同時並行となるように努力しておりますが、産学ということでは今後、どのような部分で連携を強めれば良いとお考えでしょうか。

佐藤:
残念ながら、ものづくりの関係でいえば産学の連携は弱まっているのではないでしょうか。災害分野に限定するならば、まだ棲み分け領域というか取り組み領域ははっきりと分かれているように思います。つまり、地震や津波の発生メカニズムに関する研究はまだまだ大学の領域にあります。地球物理学的な解明には、スパコンを駆使してもまだまだ時間がかかるでしょう。
しかし一方では、地震発生後や津波が襲来したときの被害シミュレーションは機動的に予測できるようになってきました。このあたりは、民間企業の積極的な取り組みが期待されるところです。

猿渡:
つまり、最前線にある研究をいち早くブレイクダウンして社会に届ける、ということですね。災害発生後の対応シミュレーションの分野などです。

佐藤:
そうですね。実際、シミュレーション学は、先ほどもお話ししたように単純な自然解釈のレベルから、あらゆる分野で、人間を軸としていかに人間を守るかという方向へと向かうのは間違いありません。そうであればあるほど、大学だけではない社会の広い知見を集め、丸ごとシミュレーションしていくのです。

橘:
僕は、言い方はちょっときついかもしれませんが「学会の分断された蛸壺」からの脱出をシミュレーション学が促してくれると感じています。例えば、大阪では地下街が網の目のように拡がっていますが、最近では西日本でもマグニチュード9クラスのプレート境界型地震が発生する可能性がある、と言われたりしています。大阪や神戸は、その震源となるプレート境界面から約300km程度離れている為、P波が毎秒約5km進むとすると大阪に到達するまでには約1分かかることになる。この1分間でどのような地下からの避難対策が可能なのか。さらに地上に逃れたとき、一体、地上はどのような状況になっているのか、高層マンションや交通状況はどのようになっているのか、といったことまで関わってきます。
どの都市や農村も地域ごとの特有の問題を含んでいるはずです。それらに対応するには「学会の分断された蛸壺」で主張するのではなく、社会学、人間工学、なども含む広範な知見を集約した判断が必要で、その意味でも佐藤先生の提唱される「シミュレーション学」が今後益々重要になると確信しています。

佐藤:
さらにいえば、LS-DYNAやJMAGなどのシミュレーションソフトやソリューションで大学の先生たちにもっと発破をかけてください。ものづくり分野だけでなくさまざまな分野でシミュレーション技術のおもしろさや深さを実感できる実用的なツールとして認識が広まれば、シミュレーション学の向上そのものにもつながっていくと思います。

猿渡:
スーパーコンピューター技術そしてシミュレーション学という『未来を予測する技術』は、人を自然災害から守り、安全安心な社会を支えるための無くてはならない科学技術であることをあらためて学ばせていただきました。同時に私たちは、社会に対して高い視点と広い視野を持って研究開発にのぞみ、市場そのものが活性化するようなシミュレーションソフトと、その活用法を提示していきたいと考えております。ぜひまたアドバイスをいただければ幸いです。佐藤先生、橘先生、本日は、お忙しいなかありがとうございました。

座談会風景

佐藤氏

佐藤哲也(さとう・てつや)
兵庫県立大学大学院教授。京都大学大学院工学研究科電子工学専攻。京都大学理学部助手。東京大学理学部助教授、広島大学核融合理論研究センター教授、核融合科学研究所理論・シミュレーション研究センター長、海洋科学技術センター地球シミュレーションセンター長などを歴任して現職。シミュレーション・サイエンスの先駆者として活躍。著書に「未来を予測する技術」(ソフトバンク新書)


橘英三郎(たちばな・えいざぶろう)
大阪大学名誉教授、株式会社JSOL技術顧問。大阪大学工学部卒業後、同大学教授、大学院教授、創造工学センタセンター長などを歴任。この間、日本鋼構造協会大阪オリンピック支援施設研究会のクリーン・フロート・プロジェクトや太陽・風力ハイブリッド発電の開発などさまざまなプロジェクトを手がける。

橘

猿渡

猿渡智治(さるわたり・ともはる)
株式会社JSOLエンジニアリング本部営業部部長補佐 JSOL認定ITプロフェッショナル。核燃料集合体の振動や熱の問題、超高層建築の免震構造解析、自動車の衝突安全設計など、研究開発や設計製造に関するCAEのコンサルティングを手がける。一級建築士。


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