(2013年03月現在)

製造業における重要なコスト削減施策となる原価管理会計。ERPパッケージのSAPの導入は、製造業のコスト削減と生産性の効率向上に重要な選択肢となる。そのなかで原価管理においてスペシャルな業務改革サービスを提供しているのが(株)JSOL西日本ビジネス本部開発統括部のアプリケーションコンサルタントである津田恒平だ。

JSOL認定ITプロフェッショナル
アプリケーションコンサルタント
津田 恒平

「高性能で品質のよい製品を供給していれば必ず認められる」——。韓国や中国などの工業力が増し、日本産業には無視できない存在になりつつあるにもかかわらず、日本産業には依然として"技術優位信仰"が残っている。
それは特に世界で高いシェアを誇り、その製品がなければものづくりが立ちゆかなくなるといわれるような企業において根強い。だが、そうした自信こそグローバル時代の競争への対応を遅らせ、結果的に競争力を低下させるものになっている。

津田が担当したA社にも似たような構造があった。売上高こそさほど大きくはないが、自動車部品や半導体関連部品で高いシェアを誇り、アセンブリングメーカーからの信頼はきわめて強い。メーカーに同行して世界にも進出している。
しかし2000年代の半ばから課題がはっきりとし始めてきた。

「経営環境や企業活動の変化に柔軟かつスピーディーに対応できるシステム基盤の構築が経営サイドから要請されるようになりました。すでにJSOLが受注してグローバル規模での製品マスタの統合プロジェクトが始まっており、引き続きグローバルな規模でのIT刷新に向けてのプロジェクトが始まりました」

課題になっていたのは、(1)情報連携に人間が介在し業務をする局面が多く、今後、売上高が増加するのに比例して業務量が増大する危惧がある、(2)グローバルレベルでの業務標準化と業務ルールの統一、(3)内部統制の脆弱(ぜいじゃく)さ、などであった。

JSOLのプロジェクトチームは、既存システムの限界もあり、ERPパッケージ(SAP)の導入による基幹系システム基盤の再構築を提案した。また、BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)により内部統制も考慮して業務をできるだけ標準化し、実績の管理を合理的かつ効率的に行うことを目標として示した。

プロジェクトは、PM(プロジェクト・マネジャー)のもと9つのチームで構成された。津田がチームリーダーを務めたのが、原価管理を担う原価領域を中心とした業務アプリケーションの要件定義と設計だった。

「考え方はきわめて分かりやすい。実際の原価が発生する前に目標とする『標準原価』を計算し、その後に実際に発生した『実際原価』と比較分析してコスト削減や効率性の向上を進めます。その意味するところを、ものづくりにかかわる人たち全員が共有でき、理解した上で改善に力を合わせていけるようなシステムづくりをめざしました」

数値になりにくいものも「見える化」する

もう少し詳しく書けば、システムが実現しようとするのは「管理すべき人が、管理すべき場面で管理できる」というもの。
ものづくりの過程や全体像を思い浮かべると分かりやすい。ものづくりにかかる費用はそれぞれの部や課で管理している。ものづくりの歩留まりに責任を持つのは工場長だ。歩留まりを高めるだけでなく操業の度合いに責任を持つのは現場の職長だ。そして、それらのいずれもが、ものづくりのための原価に密接にかかわっている。それならば、それぞれが自分の仕事に応じて原価状況がどうなっているのかを見えるようにしなくてはらない。

SAP原価管理活用高度化のステップ

SAP原価管理活用高度化のステップ

「部長は、部全体の費用構造を把握しておかなければなりませんが、一枚一枚の伝票に目を通す必要はありません。また職長は、自分が担当するラインに責任を持ちますが、自分のラインのことしか見ていないのはまずい。それぞれの役割と責任を明確にして、見るべき数字が見られるようにするのです」

SAPは、製造業を支援するためにつくられたERPパッケージだけに、原価管理にもさまざまな知見が盛り込まれている。基本的にはSAPの考え方に合わせつつ、企業が独自に持っている競争力(差別化)要因やプロセスは、独自につくり込んでSAPに乗せていく。
例えば、A社の場合だと、基礎部品の調達パターンがきわめて複雑だった。複数工場で内製するだけでなく外注もしており、それも資材は支給して加工のみの外注であったり、資材調達と加工を丸ごと外注していたりとさまざまだ。そうした実態に合わせて原価管理の仕組みをカスタマイズするのである。

「クライアントさんのカウンターパートチームとのワークショップを重ね、課題の抽出や差別化要因の確認に力を注ぎました。いわば暗黙知を形式知に変える作業をするわけです。だからこそ購買や生産などあらゆる業務に精通している人がカウンターパートにいるとシステムの要件定義や設計も深みを増します。A社のプロジェクトでは、そういう人材をトップダウンでアサインしてくれたのはありがたかったですね」

アプリケーションコンサルタント 津田 恒平

システム開発で重要なポイントとなったのが、アクションプランとの関係だった。
ものづくりの現場では、標準原価を決めてコスト削減や効率向上に取り組むだけでなく、工程数の削減や技術的な課題の克服といったお金に絡まないアクションプランを定めて改善に取り組んでいる。いわばシステム外の問題であるのだが、システムと関係がないとは言えない。
アクションプランへの取り組みの成果などが、システムにも反映され、誰もが見て分かるようにする。こうした点の設計は、原価管理に対する深い理解がなければ実現できない。

「一口に製造業といっても、加工要素が大きいプロセス型生産と人的要素や部品材料などの要素が大きい生産とは似て非なるものです。A社のプロジェクトでは、人的要素などのSAP原価管理への折り込み手法などを学ぶことができ、従来にはないノウハウを蓄積できました」

意義の共有と教育という問題に直面する

しかしながらA社システムの本格稼働は、当初予定よりも9カ月ほど遅れた。システム構築は納期通りに済み、なんら問題はなかった。にもかかわらず遅れたのは、教育という大きな課題に直面したからである。

製造業なので、ものづくりの現場は歩留まりや工数低減などには非常にシビアだ。だが原価に関してはまったく問題意識は乏しく、「経理の仕事だろう」ぐらいにしか考えていない。「良いものをつくっていれば売れるのだ」という、あの意識である。

津田はちょっと苦い思いで語る。
「トップが示す方針と原価の財務諸表へのインパクト、さらに現場の管理手法の高度化が原価管理会計を仲介役として一体になっていくのが理想的な展開です。しかし、全体方針の策定や業務設計の議論のなかで、なかなか原価管理の考え方が腑に落ちない人が多かった」

ワークショップに参加したメンバーは、議論を通じて意識も高まり、理解も深まった。だが、実際にシステムを利活用する現場では、原価管理の考え方を理解できないばかりか抵抗さえあった。原価管理は、自分たちの仕事を束縛するものだという意識があるのだ。
また完全にカスタマイズされている従前のシステムから、標準型のERPパッケージに合わせて仕事のスタイルを変えることにも抵抗があった。

アプリケーションコンサルタント 津田 恒平

もう一つ、マスタの統合作業が想像を超えて手間取った。これはクライアント主導で進められていた作業だったが、マスタ策定や整理のスピードと精度が上がらなかった。なにしろ製造業では、同じような部品でも型番違いがあり、新規マスタが膨大に発生する。

こうした事態に津田をはじめとするプロジェクトチームは、「ユーザー主体による教育浸透」というスローガンを掲げ、階層型の教育プログラムを示して対応した。JSOLは、キーマンにのみ教育を行う。キーマンはコアユーザーの教育にあたり、コアユーザーはエンドユーザーの教育にあたる。
津田は、キーマンらと相談して教育体制やカリキュラムを作成し、教育開始後は進ちょく管理やアドバイス役に徹した。

決して悔いの残る9カ月遅れではなかった。むしろ"学びの9カ月"で、クライアント側も、システム変更の意義をJSOLではなく自らの言葉として現場で語っていけるようになった。

「私たちがすべての対象者に教育活動を行ってもよいのですが、そうすると本格稼働したときに自分たちで独自に対応できなくなることが予想されました。だからこそ、自分たちの手でシステムを回したほうがよい。それは過去のさまざまなプロジェクトから私たちが学んでいたことです。ベンダーによっては、システム構築後はパッと渡してクライアントに任せてしまうこともあります。それが悪いことだとは思いませんが、私たちはそうしなかったということです」

知恵が詰まり、それでいて柔軟なシステム

ERPパッケージのSAPを、導入企業の状況に応じて柔軟にカスタマイズして導入する。そのスペシャリストとしての歩みは、「職人になりたい」という思いから始まっている。

アプリケーションコンサルタント 津田 恒平

大学で学んだのは経済学。卒業後には、流通業の会社で物流担当となった。
父親は京都で鉄工所を経営。3人兄妹の真ん中で、父の姿を、「こつこつと、ものづくりをしていて格好がよい」と思ってきた。そんな自分にとり、物流担当の仕事は、どうしてもおもしろくなかった。

「職人的なことが好きなんだと思った」

友人がJSOL(日本総合研究所)に勤めていた。プログラムやシステムづくりが、職人肌のものづくりに思えた。「あぁ、そういうものづくりがあるんだ。職人的だな」と1992年に日本総研に入社した。
「でも、ものの見事に期待は裏切られたのでした」と笑う。
「こつこつとしたものづくりかと思っていたら自席に座っていることがないような激務。でも、それはそれで面白いと思って仕事を続けてきました」

1996年からSAP関連の担当となった。
SAPは何が面白いのか。津田は、「すでに、世界中のものづくりのアイデアが詰め込まれているので完成度が高く、導入に手間がない。それでいてお客様の課題をきちんと定義して、システムをカスタマイズできる。そういう柔軟さが、ものすごく面白い」と語る。

大学時代は軽音楽部だが、実はザ・フーなどのハードロックが好きだ。
「いいすよね」といいながら、休日は子どもたちの面倒に明け暮れるという47歳だ。


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