(2017年01月現在)

自動車の重要課題である衝突安全性能の開発で活躍するのがCAE(Computer Aided Engneering)。JSOLが販売・サポートを行っている「LS-DYNA」は、日本における衝突安全CAEのデファクトスタンダードと言えるパッケージである。JSOL認定プロフェッショナル(アプリケーションコンサルタント)の岡村昌浩は、LS-DYNAを用いたCAE新技術の開発を担当。日米欧の最新情報を集約して日本の顧客向けにアレンジ・提案を行い、ソリューションや関連パッケージの拡大に貢献している。

JSOL認定プロフェッショナル
アプリケーションコンサルタント
岡村 昌浩

シミュレーションの新機能開発と顧客への的確なアドバイス

自動車の開発ではCAEを活用し、衝突安全性能や乗員・歩行者保護、振動騒音などの課題を設計段階からシミュレーションで検証する"バーチャル・プロダクト・デベロップメント"が、当たり前になっている。もはやCAEなくして自動車開発はあり得ない、と言っても過言ではない。
衝突安全解析に関しては、日本において業界標準となっている構造解析ソフトウェア(CAEパッケージ)が「LS-DYNA」だ。今や国内では、ほぼ全ての自動車メーカーがLS-DYNAを導入している。

JSOLのLS-DYNA関連のスタッフは、LS-DYNAが、より多様な分析を高精度かつ高速度でシミュレーションできるようにする新機能の開発と、利用者のサポートに取り組んでいる。岡村はこれまで自動車の形状や材料が、衝突時にどのような影響を乗員に与えるかなどをシミュレーションする機能開発を担ってきた。現在は、自動車の環境貢献と安全性の向上のために世界規模で進んでいる軽量化に対応した構造解析技術の開発チームを率いている。

「衝突安全シミュレーションとは、簡単に言えば仮想空間上に硬さや重さもある車を創り、その車を使って仮想的に衝突試験を実施して車体がどのように変形するかや乗員への影響を予測する技術です。例えば、ある部品をこの部位に使っているときに時速55キロで正面衝突したら、部品はこのように変形し、ドライバーの足を骨折させる可能性があるといった一連のストーリーを導き出すのです」

自動車の安全基準では、各国に通称「NCAP(New Car Assessment Program)」という独立中立の評価機関がある。日本では、独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA)が担当している。
NCAPでは無作為に車を購入して正面衝突試験や側面衝突試験を行い、その結果から安全性を点数と「★」の数で評価し、公表している。

「自動車開発では、NCAPのより高い安全基準をクリアすべく、シミュレーションが繰り返されます。使う材料や車体形状などをさまざまな角度から検証して、その結果を車体設計に反映し、実車試験へと移行するのです」

岡村は、CAEによるシミュレーションソフトに10年以上の実務経験を持っている。縁あってCAEをリードする欧州とも強いコネクションがあり、最新の情報をもとに顧客の抱える問題に迅速かつ的確にアプローチして解決策を提案している。
さらに過去の膨大な実験やCAEの知見をもとにしたシミュレーションモデルの評価や改善提案も迅速で、CAEと実験の双方のポテンシャルを最大限に生かすアドバイスも行っている。その力量に対する自動車メーカーの解析・設計部門からの信頼は厚い。

自動車軽量化のための材料結合、破断、ばらつきを一気通貫で検証する機能の開発

岡村が現在、プロジェクトマネージャー(PM)として開発に取り組んでいるのが、「次世代の自動車車体設計に関するCAE技術開発の戦略立案と新技術開発」。
このタイトルだけでは、なにをしているのかはちょっと分かりにくいが、具体的には、(1)次世代の自動車車体用材料の破断挙動予測、(2)異種材料間の結合、(3)製品のばらつき評価とその改善、という3つのシミュレーション技術の開発に挑んでいる。

自動車業界ではここしばらくは、「軽量化」がキーワードになる。環境負荷の低減と安全性能の向上を両立させる。その取り組みを象徴している言葉が、「軽量化」だ。
そのための手法として最近は、特徴の異なる材料(鉄やアルミ、マグネシウム、FRP=繊維強化プラスチック)などを、最も効果の高い部位に配置する手法「マテリアルミックス」が進んでおり、この流れは変わらないだろう。

「これまでは材料として主に鉄が用いられてきたこともあり、金属材料の研究開発は鉄が主流でした。しかし、軽量化のオプションとしてアルミやマグネシウムが注目されています。これらの金属は変形や破壊特性が鉄と異なる点も多く、これまでの数値モデル化では正確に表現できないところも多くあります」

アプリケーションコンサルタント 岡村 昌浩

その上で、さらに必要になるのがアルミ鋳造品や押出部材をはじめとするさまざまな部材を結合する機械結合や接着剤などの接合技術だ。

「鉄とアルミ・複合材をそのまま結合すると、材料の間に電気的な腐食である『電触』が発生するので接着剤を使いますが、接着剤は使われる場所の環境、つまり湿度や表面状態によって接着状態にばらつきが生じたり、耐久性の検証が日本では不十分であるなどの課題が多く残っています」

AとBという異なる材料をCという結合方法を用いて部品Dを製造したとして、Dが衝突などの際にどのように挙動するか、シミュレーションを用いて予測する。シミュレーションによって結合させた材料の特性が分かり、その上で衝突の際の破断特性が分かれば、それがスタート時点に戻され、さらに材料の結合技術が検証され、再び破断をシミュレーションする。こうした循環検証が繰り返されて、理想の材料のマッチングや結合の仕方などが導き出されていく。

「結合や非鉄金属の破断予測などは、欧州が一歩先んじています。その最新情報を入手して社内外に展開するとともに、新技術の開発を効率的に推進したいと考えています」

もう一つの大きな課題が、「ばらつき」だ。
開発の現場では車体の軽量化が進み、構造が複雑になることで構造が外乱に敏感になり、それは最終の製品性能のばらつきに直結する。使う部品点数が多いので、部品サイズが0.1ミリ狂っているだけでも、組み上げていくと大きな狂いになってしまう。

コンピューターシミュレーションは、同じ条件であれば同じ計算結果を返す。しかし実験では、同じ条件のつもりでも必ず結果は異なり、ばらつきが生まれる。そのためシミュレーションでは、わざと条件を微妙に変えた状態で計算を複数回行い、結果の集団が許容範囲に収まっているかどうかを検証する。
ばらつき問題では、LS-DYNAと共に独SIDACT社のソフトを使ったソリューションを提供している。例えば板金の厚みやスポット溶接の位置がばらついた場合に、車体挙動にどのような変化が起きるか、統計的手法を用いて可視化する。
岡村は今、材料の結合からばらつき問題の解消まで一貫したソリューションの開発に挑んでいるのである。

オープン思想に裏打ちされたLS-DYNAの優位性

岡村はすでに10年以上、LS-DYNAに関わってきた。実は、岡村がJSOLに入社したのは2012年のことで、それまではユーザーだった。つまりユーザーから提供する側に変わったのだ。それゆえにLS-DYNAを、客観的に評価する目線もある。

アプリケーションコンサルタント 岡村 昌浩

では、LS-DYNAと競合社のシミュレーションソフトは、どこが違うのか。

「CAEのシミュレーションソフトを評価する大きな観点は、計算精度と計算速度ですが、LS-DYNAの開発元であるLSTC社(Livemore Software Technology Corp)の開発思想は、他社と一線を画していると思います。さまざまな周辺ソフトやモデルを無償で公開し、『技術によって世の中に貢献する』というオープン開発の思想が徹底しているのを感じます。だからこそLS-DYNAには世界中の知見が蓄積され、それがまた新たな機能開発を誘引するというサイクルができています」

岡村は、「とにかく、課題の見える化こそがシミュレーションの最大の機能」とも語る。課題とはものづくりにおけるリスクである。そのリスクを事前に察知し、見える化できれば対応策を探れる。逆に、メリットが分かれば、それをさらに伸ばすことができるのもシミュレーションソフトの妙なのである。

コンピューターによる計算が主体となるCAE分野は将来、人工知能(AI)が活躍する分野のように見える。ただ、これについて岡村は、「まだ早い」と見ている。

「ボタンを押せば全ての答が一発で出てくるようなシミュレーションソフトの登場は現実味のある話ではありません。特に自動車の衝突現象は非線形性が非常に高い問題ですし、そもそも設計・製造部門の方々にブラックボックスの出してきた結果をそのまま説明して納得いただけるとは思いません。人工知能は今後も発達すると思います。しかし、ものづくりにおける人工知能は、あくまで過去の知見や蓄積されたデータ、さらに最新の情報を高速に処理して関連情報を提供してエンジニアの判断を支援するレベルに抑えることが望ましいと考えています」

岡村がPMを努める新機能開発のプロジェクトスタッフは、東京だけでなく名古屋、大阪の各支社にもおり、「グループとしての一体的なマネジメントに心がけています。今やトップダウンで新たなアイデアが出る時代ではなく、状況もくるくる変わるなかで、プロジェクトメンバーの創発的な動きを支援するマネジメントに取り組んでいます」と語る。

ユーザーから創る側に転じた岡村だが、「プロジェクトを進める、これからの3年間が作り手としての大きな勝負になろうかと思っています」と言う。

訪れた人生の転機。「LS-DYNAをもっと深めたい」

岡村は1975年生まれ。兵庫県の出身。同志社大学工学部(機械工学)から大学院に進み、博士号を取得している。
工学部生時代は、流体研究室に配属されたが、修士からは教授に誘われて振動を扱う研究室に在籍した。

「基礎研究というよりは応用研究の色が濃い研究室でした。指導教授は企業から来られた方々で、お二人とも非常にバランスのとれた考え方をお持ちでした。アメリカの大学にて学位を取られたり客員教授をされたりと海外志向の強い方で、読み書きでは測れない実戦英語の重要性を認識されていました。在学中は修士に対して海外カンファレンスにおける発表を奨励されたり、海外からの客員教授を招かれたりと、その当時としては対外的に非常にオープンで、海外に触れる機会をたくさんいただいたことを非常に感謝しています」

転機は博士課程時代に、教授に紹介されたアルバイト先で訪れた。そこで初めて衝突シミュレーションのマニュアルの翻訳を任されたのだ。
卒業後には、そのまま入社。会社は衝突シミュレーションを請け負っており、ここでLS-DYNAと出会う。さらに転職したドイツの会社も、自動車や航空機などの開発でのシミュレーションサービスを提供する会社で、欧州の研究者やソフト開発者など多くの知己を得ることになる。

「LS-DYNAを使っていたので、当然、JSOLは知っていました。それは、『自動車向けLS-DYNAといえばJSOL』というぐらい強い認識でした。ドイツの会社に勤めていましたが、この先、さらに高いレベルをめざすためにはLS-DYNAを深く正しく理解する必要があると思いJSOLに転身しました。それが2012年のことです」

入社後の3年間は、自動車メーカーの設計部門に常駐して、車体や乗員安全などについて設計者たちと一緒になって課題解決にあたった。そして2016年には新しいプロジェクトが始まった。

アプリケーションコンサルタント 岡村 昌浩

趣味は「映画鑑賞」。
「しかし人気作品でも、人が混んでいるような場所は苦手なので、映画館に行くときには、空いている時間を見計らって行きます」
好きなものがもう一つ。中国の古典を読むことだ。特に『中国諺集』が好きだという。
「古典を読むと2500年も前の論語の時代から、人の本質はほとんど変わっていないことに気づかされます。ビジネス書においては孫子がよく引き合いに出されますが、『三人行えば必ず我が師有り』『巧言令色鮮し仁』『己達せんと欲して人を達せしむ』『知らざるを知らずとなす、これ知るなり』など、働く者としての姿勢についても学ぶべきことが多いと感じます」

丁寧な受け答えと、物静かな対応。PMとして挑むプロジェクトへの静かな緊張感も伝わってくる。人生の転機となったLS-DYNAとの"格闘"が、一段と深まっているのが分かるのである。


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