(2017年12月現在)

衝突解析などの変形解析シミュレーションのデファクトスタンダードである「LS-DYNA」。JSOLは1980年代からいち早く、その可能性に注目して高度化の一翼を担ってきた。LS-DYNAの開発元である米LSTC社に派遣され、日本のユーザーの期待に応えられるよう活動を続けているのが、JSOLエンジニアリング事業部CAE技術グループでJSOL認定プロフェッショナル「アプリケーションコンサルタント」の林公博である。

JSOL認定プロフェッショナル
アプリケーションコンサルタント
林 公博

日本のユーザーの期待を開発元と実現する「ブリッジエンジニア」

サンフランシスコ国際空港から東へおよそ70キロ。国道580号線沿いにある人口8万人ほどの小さな町がリバモア市だ。小高い丘に囲まれ、周囲には広大なブドウ畑が延びるカリフォルニアワインの一大産地だ。

リバモアには、もともとは核兵器の研究を目的に設立され、現在は物理学やエネルギーなどの先端テクノロジーを研究しているローレンス・リバモア国立研究所がある。
そして同研究所で開発されたのが構造物の大変形をシミュレーションするプログラム「DYNA3D」だ。生みの親であるジョン・ホルキスト博士は、1987年にDYNA3Dの商用化のために自ら起業してLSTC社を設立し、開発・販売が始まったのが大変形解析シミュレーションプログラム「LS-DYNA」である。
DYNA3Dは、他社製も含めた大変形解析シミュレーションソフトの"母体"とも言えるものであり、LSTC社はいわば、"大変形解析の聖地"とも言える。
中庭のある図書館のような3棟のオフィスでは、各国から集まった多くのエンジニアや数学者などが働き、LS-DYNAの製品開発やサポートなどを行っている。
林は、2014年9月にJSOLからLSTC社に派遣された。

「現在の主な仕事は、ブリッジエンジニアとして日本のユーザーである技術者をサポートすることです。日本のお客さまの要望をできるだけ速やかにLS-DYNAに反映してもらうのです」

その担当範囲は広い。林によると、お客さまから寄せられる疑問は、単純なものではなく、多くの場合、LS-DYNAのなんらかの改良を伴うことがほとんどだ。
お客さまは、「こんな解析をしたいが、LS-DYNAでできるだろうか」と聞いてくる。LS-DYNAは、運動方程式を解くことがベースになっているので、ほとんどの現象に対応できる。最近ではマルチフィジックスで、自動車の衝突解析だけでなくさまざまな分野の解析に対応できる。とすれば、お客さまの要望に応えることはできるが、LS-DYNAになんらかの改良が必要にもなる。

「LSTC社の開発者は、LS-DYNAのベースになっている有限要素法(FEM)に精通していますが、お客さまの要望はなかなか理解できません。そこで私が橋渡し役として入り、お客さまの要望を最も効率良く、的確にLS-DYNAに反映させるためにはどのような仕様にすれば良いのかを、理論的なこと、計算方法、入出力法などを含めてLSTC社のエンジニアに説明するのです。分野としては材料モデル、接触計算、計算の高速化などが中心で、最近では流体解析やバッテリーなどについても日本にいるエンジニアと協力して適用を進めています」

実は、JSOLからLSTC社への技術者派遣は林が初めてではない。これまでも多くの技術者が独自の研究テーマを持って赴任し、互いに大きな成果をあげてきた。そこでさらに踏み込んだ技術協力を推進することになり、LS-DYNAを誰よりも深く理解し、経験も豊富であった林がブリッジエンジニアとして派遣されることになったのだ。
渡米する前は、大手自動車メーカーのサポートと技術開発に「どっぷりとつかっていた」ので、LSTC社に日本の需要を伝えるのにはもってこいの人材だった。

大変形解析の「エバンジェリスト」として志の高いホルキスト博士とLSTC社

現地に赴いて改めて思うのは、生みの親であるホルキスト博士とLSTC社がユーザーの満足度の向上に高い関心を持ち続けていることだった。
よく「LS-DYNAを使いこなすのは難しい」という声が出る。確かに有限要素法の理解は不可欠だし、いろいろな機能があり、オプションもたくさんある。

「しかしホルキスト博士は、いかに現場のエンジニアに使ってもらえるようになるかをいつも、そして非常に気になさっています。私がサポート内容の報告をすると、必ず『それでユーザーさんは満足しているのか』と聞かれるほどです」

ホルキスト博士は、国際会議などの場でもユーザー満足の大切さを説いている。そのために少しでも余分なインプットを省いたり、内部で自動化しようとしている。
すべてがユーザーの使いやすさや満足度がベースとなってLS-DYNAの改良が進むのだ。それは、ビジネスというよりは、大変形解析シミュレーションの技術を他分野で活用し、見えない状態を見られるようにし、より優れた製品開発に結びつけようとする"福音伝道"そのものだ。

その象徴が、LS-DYNAが持つ「One Code Strategy」だろう。いろいろな物理現象を1つのプログラムで計算できるようにする仕組みだ。
例えば電気ポットで水などを温めて、構造が熱で膨張するのをシミュレーションする場合、従来であれば電気ポットの解析には電磁場専用プログラム、水の循環には流体専用プログラム、熱と構造の計算にも専用プログラムと使い分けが必要だった。そうなるとエンジニアは、多くのプログラムを使いこなす必要があった。また、プログラム導入の投資も必要だ。
しかし「One Code Strategy」では、1つのプログラムですべてに対応できて効率的だ。

「他社の競合ソフトも同じような技術の確立をめざしていますが、多くの場合、個別のプログラムを別のシステムで統合しているケースが多いように感じます。その点、LS-DYNAは、1つのプログラム、つまり1つの実行モジュールなので非常に効率的にマルチフィジックスでの解析が可能になるのです」

有限要素法に魅入られてJSOLへ

林は、大学時代に有限要素法(FEM)の面白さに魅入られ、当時、FEMソフトウェアの開発を行っていた日本情報サービス(日本総研社名変更前 現JSOL)に入社した。日本情報サービスではすでにオープンソースであったDYNA3Dを扱っており、原子力関係を中心に数社のお客さまがあったという。
そのなかの1社に、国内のトラックメーカーがあった。始まったばかりの自動車衝突解析をDYNA3Dで行っており、林がサポートすることになった。これが林と衝突解析の出会いだった。

90年代に入ると、LSーDYNAの利用者も徐々に増えてくるが、家電や素材、鉄鋼などが中心で、自動車メーカーでの利用はごく一部に限られていた。林は「低空飛行時代」と苦笑いするが、そうしたなかにあってもDYNA3Dを中心にした受託解析やサポート、営業支援、さらにDYNA3Dの開発そのものにも挑んでいた。
特に単精度版しかなかったDYNA3Dの倍精度版の開発では、プログラムのすべてに目を通してコードレベルを理解することができ、さらには「『使用の手引』の初版の作成に関われたことは大きかった」と言う。

「『使用の手引』は、いわばJSOLのDYNA3Dに対する技術力の高さを示すものの1つです。現在も改訂が続いてお客さまに配布されています。DYNA3Dの理論背景から計算のロジック、使用法までを説明したもので、多くの論文を集めてソースコードも見ながら執筆しました」

アプリケーションコンサルタント 林 公博

90年代の半ばになると、計算機の性能も向上してCAE(Computer Aided Engineering)が設計の分野でも本格的に使われ出す。低空飛行からやっと上昇気流に乗られる時代になってきたのだ。特にドイツやアメリカの自動車メーカーがLS-DYNAによる自動車衝突解析に本格的に取り組むようになり、その流れは日本にも押し寄せようとしていた。
林は上司と2人で名古屋にオフィスを開設し、顧客開拓や営業支援に乗り出す。営業支援のなかで「衝突解析のニーズは必ず顕在化する」と見た林に、思わぬ好機がもたらされる。イギリスの著名な構造解析会社Ove Arup社で、98年から1年間の研修の機会が与えられたのだ。Ove Arup社は、シドニーのオペラハウスの構造計算を行った会社でもある。

「1年間の研修では、衝突解析の全般的な知見を磨くことができました。昼間は、Arup社のエンジニアと一緒に衝突解析の実務を行い、勤務時間が終わると、同社が作成した衝突解析レポートやトレーニングレポートを貪るように読み、要約書などを作成していました。余談ですが、本来は掃除される方が戸締まりをするのですが、私がいつも残っているので、いつしか私が戸締まりをする役目になっていましたね」

ニッチ市場だからこそお客さまとの信頼関係が不可欠

帰国後は、Ove Arup社と共に提案活動を続け、徐々に衝突解析を依頼されるようになる。そのなかでも「特に有益でした」と振り返るのが、ある自動車メーカーから受託した3年間にわたる特殊なスポーツカーのCAEによる設計だ。

「自動車を、その構造から設計する場合の大きな流れと設計上の多くの課題を学べ、このときに開発した自動車の構造は特許にも登録されています」

また、あるOEMメーカーが競合プログラムからLS-DYNAに切り替えてくれたときは、「立ち上げからサポートまでを担い、お客さまとどのように接すれば良いかを学んだ」と言う。ボディー関係のトップと面談できたときは、衝突解析やCAEの必要性、役割など、技術以外の重要性を知った。
立ち上げ時には、約200人のエンジニアに定期的なセミナーを提供。そのとき、上司と共に知見をまとめたテキスト『自動車技術者のためのCAEセミナー』は、以後、多くの自動車メーカー向けのセミナーで使用されることになる。

「衝突解析にしても大変形解析にしてもCAE業界ではニッチな分野」というのが林の基本認識だ。とはいえ、その豊富な知見と経験から、「ビジネスチャンスを確かなものにするには、開発の力、サポートの力、営業の力の3つのバランスが重要だ」と言う。

「一口に、使ってもらうと言っても、実は簡単な話ではありません。お客さまとは解析ソフトの技術で結ばれているので技術への信頼がまず不可欠です。信頼関係の構築にはサポートが基本であり、それは信頼されるサポートでなくてはなりません。こうした前提がしっかりしているからこそ、ニッチな分野でも小さなチャンスをビジネス拡大に結びつけていけるのです」

こんな信条を持つようになったのも、ある"失敗"がきっかけだった。お客さまがLS-DYNAから他社のプログラムに切り替えたのだ。サポート力はJSOLよりも劣っていたが、お客さまに聞くと「親身になって考えてくれるから」という返事。「お客さまの真実の気持ちを初めて知った経験でした」

もう一つ忘れられない経験があった。あるOEMメーカーのCAE部署でのサポートを終えた帰り際、ふと目をやると柱に神棚が祀られているのに気がついた。CAEという最先端の部署に神棚——。
「その不釣り合いな有り様に、これはきっと、衝突解析に対してやれるだけのことはすべてやった、後は神頼み、ということではないかと考えるようになりました。お客さまはそれだけ真剣だということを教えられたのです」

ローコストで安全な社会を創造する。LS-DYNAの使命がそこにあった

林は、東京理科大学で理論物理学を学び、先にも紹介したように1988年の大学卒業と同時に日本情報サービスに入社した。その理由は、「有限要素法」の面白さであった。

「所属していた研究室は物理の理論系で、物理に現れる微分方程式を、当時はまだ適用が始まったばかりの有限要素法で解いてみようというのが研究テーマでした。私はシュレーディンガー方程式というのを有限要素法で解きましたが、その非常に洗練された手法、いろいろな工夫を取り込める柔軟さは、まるで魔法の杖を得たような感じでしたね」

研究室の学生のなかにはブラックホール計算をしていた者もいた。有限要素法はそれほど適用範囲が広く、数学的にもきっちと証明され、数値解析に最適の手法だと確信した。

現在は、リブモア市の隣のダブリン市にアパートを借り、夫人と2人暮らし。カリフォルニアにはヨセミテのような公園がたくさんあり、休日には公園に出かけてハイキングやバーベキュー、ときにはキャンプなどを楽しんでいる。

アプリケーションコンサルタント 林 公博

「座右の銘などはありますか」と尋ねると、「高級車がいくら安全になっても交通事故による死傷者は減らない。ファミリーカーをもっと安全にしたい」という答が返ってきた。どんな意味なのだろうと怪訝な顔をしていると、次のような説明をしてくれた。

「ある大手自動車メーカーでLS-DYNAの立ち上げに関わっているとき、非常に多くの技術者と話す機会がありました。そのなかでコンパクトカーの設計をされている技術者がおっしゃった言葉が、そのまま私の座右の銘になりました。ファミリーカーのような低価格でたくさん売れるクルマがより安全にならないと交通事故全体の死傷者は減らない。コストを掛けずに安全なクルマを造ることが社会貢献につながる。だからこそCAEやLS-DYNAが活躍できなければならない。私自身の使命を授かったような気持ちでした」

林の律儀で前向きで志の高い人柄と仕事ぶりが分かる話だった。


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