(2018年10月現在)

近年、モーターや発電機などの電気製品の構造が複雑になり、製品に用いられる材料特性も多様化しています。その結果、製品設計に援用されるコンピューターシミュレーションであるCAE(Computer Aided Engineering)ソフトウエアについても、その処理時間の増加が製造業における大きな課題となっています。JSOL認定プロフェッショナルで、電磁界有限要素解析パッケージソフトウエア「JMAG」のソルバー開発責任者を務める仙波和樹が、高速かつ高精度なシミュレーションを可能にするソルバー開発の取り組みについて語ります。

JSOL認定プロフェッショナル
アプリケーションコンサルタント
仙波 和樹

短い設計時間の中で最適な設計案を導き出すシミュレーションの重要性を製造業界が再認識

今、製造業のお客様のビジネス環境は大変厳しい競争の波にさらされています。グローバル化が急速に進む中、効率の高い製品を、安価に、かつ他社に先駈けて世の中に提供しなければならず、PoC(概念実証)や試作機を作って検証するための時間と予算がどんどん削られている状況です。

顕著な例が、自動車業界でしょう。資源制約や環境問題への関心の高まりを背景に、当初の想定以上にガソリン車、ディーゼル車からEV(電気自動車)とHV(ハイブリッド車)へのシフトが急速に進み、また自動運転技術の急速な進化を目の当たりにして、抜本的な意識改革とこれまでにないイノベーションが求められています。自動車のエンジンは、自動車メーカーでしか作ることのできない各社の独占技術でした。一方でモーター、コントローラー、そしてバッテリーは歴史のある電気機器であり、極端に言えばその組み合わせによって自動車メーカー以外でもEVやHVを作ることが可能です。結果的に新規参入が加速しています。対抗する従来の自動車メーカーも、EVやHV向けの高性能な駆動用モーターを開発すべく奮闘しています。

こうしたパラダイムシフトは自動車業界に限りません。全ての製造業は時間的制約を受けながらイノベーションを模索しています。JSOLの電磁界有限要素解析パッケージソフトウエア「JMAG」が多くのお客様に受け入れられている理由は、その利用により短い設計時間で意味のある設計案を導き出せるからです。建築物を作るときに構造解析が必須となったように、電気機器設計に対するシミュレーションの重要性が製造業界に再認識されていると考えます。

JMAGは、モーター、発電機、変圧器、ソレノイド、およびアクチュエーターなどの幅広い電気機器製品の設計に援用される純国産のCAEソフトウエアです。機器内部の複雑な物理現象を正確かつ高速に推定できるのが特徴で、1983年のリリース以来、お客様との対話を通じて改良を重ねてきました。お客様の製品開発と研究成果に貢献し、現在は電磁界解析分野ではトップクラスのシェアを占めるまでになりました。国内のみならず世界中の企業や教育機関、研究所などで利用されています。

私の所属するJMAGビジネスカンパニーは1年ほど前に、それまで所属していたエンジニアリングビジネス事業部から独立し、JMAG専業の独立した組織として活動を開始しました。JMAGの開発、販売、ならびに技術サポートを行っています。私はその中で開発を担当しています。

JMAGは、主に3つの機能要素で構成されています。1つはGUI(Graphic User Interface)です。シミュレーション対象となる電気機器をコンピューター内でモデリングするためのプリプロセスや、シミュレーション結果を画面上で可視化するポストプロセスがこれに該当します。
2つ目は自動メッシュ生成機能です。微分方程式の近似解を求めるシミュレーション技法であるFEM(Finite Element Method;有限要素法)にとって、空間中の物理量を正確に表現できるメッシュの生成はとても重要です。JMAGは、独自の形状認識技術を駆使し、かつ熟練ユーザーのメッシュ生成にかかわるノウハウを内包した高品質な自動メッシュ生成機能を提供しています。
そして3つ目がソルバーです。電磁界シミュレーションにおけるソルバーとは、メッシュ分割されたシミュレーション対象の形状、材料、および境界条件に基づいてマクスウェル方程式を解き、空間中の磁界分布や物体に働く力など、物理的な結果を出すための機能です。近年では電気機器の最適設計を自動的に行うための大量ケースのシミュレーションや、詳細な三次元形状を用いた大規模シミュレーションのニーズが高まっています。

また、近年のモーターなどではその高回転化に伴い、応力や熱の影響を加味するため、電磁界シミュレーションだけではなく構造シミュレーションや熱シミュレーションなどとのマルチフィジックスの活用も進んでいます。私はソルバー開発の責任者として、電磁界シミュレーションを中心に、物理現象を数式に変換し、それを用いてプログラムを作成する業務を担っています。

クラスタシステムやメニーコアCPUを利用する高並列処理でソルバーを高速化

ソルバーにとって重要な性能指標の一つに、その処理速度があります。最近の電気機器には設計者のさまざまなアイデアが盛り込まれています。結果として形状が複雑になり、また使用される材料も多岐にわたります。モーター本体だけではなく、モーターを収納するケースも含めてモデリングされ、そこで発生する損失も可視化したいというニーズも増えています。これらの結果としてメッシュ数の多い大規模なシミュレーションが必要となり、それを現実的な時間で行う必要性に迫られています。

このようなニーズに応えるため、JMAGのソルバーにおいて今まで以上に高速な処理を実現すべく、数年前から「クラスタシステムやメニーコアCPUを有効利用する高並列処理のアルゴリズムとプログラムの開発」をテーマに技術開発に取り組んでいます。

並列ソルバーは2種類に大別することができます。まず1つ目は、メニーコアを有する1ノード(台)のマシンを用いる、SMP(共有メモリー型)並列処理です。この処理では、OpenMPという規格を用いて並列処理を実現しています。コア間での通信が不要であることが特徴で、JMAGユーザーも特別な事前準備を必要とせず、スイッチ一つで並列処理による速度向上の恩恵を受けることができます。もう1つが、2ノード以上のマシンを高速なネットワークで接続し、ノード間通信をしながら処理を進めるMPP(高並列分散メモリー型)並列処理です。通信には、広く知られているMPIという規格を用いています。この並列処理を使うJMAGユーザーは、クラスタシステムの調達やMPIライブラリのインストールなど、並列処理を使用する前に一定の事前準備が必要です。しかしながら複数ノードを使用できるため、SMP並列処理と比べて高い並列度でのシミュレーションが可能になります。その結果として、より高い並列性能を得ることができます。

図1 メッシュからパートへの領域分割の例

では、どの程度の速度向上効果があるのでしょうか。例えば、コア1個に対して非並列(従来のプログラム)で処理を行った場合のスピードを1としてMPP並列化した時の速度向上比を測定すると、128並列でおよそ40倍になりました(図2)。なぜ128並列で128倍の速度が出ないのか、と思われる方も多いかもしれません。電磁界有限要素解析では、並列処理できない箇所の存在や、通信に要する時間のために、そのような倍率を出すことは難しいことが知られています。そのような状況下で考えると、実はこの倍率は悪くない数字です。

また、図2を見ると160並列を超えたあたりから並列処理の効果が頭打ちになることが分かります。メモリーからコアにデータを転送するメモリーバスが詰まり始め、コア自体は演算の余力を残していても、肝心のデータがメモリーからコアに供給されないという問題が生じ、速度が上がらなくなります。メモリーバスの広いハードウエアを用いれば、この問題は緩和されることが分かっています。使用するハードウエアによって並列処理の性能が大きく変化するということをお客様にご理解いただけるよう、適切なハードウエア選定に関する啓蒙活動も行っています。

図2 MPPソルバーでの速度向上比 128並列での対非並列比は約40倍

衝撃波の流体シミュレーションでソルバーの楽しさを知る

私とシミュレーションとの出会いは学生時代に遡ります。学部・修士時代は流体工学を専攻し、ガスタービン翼列などで発生する衝撃波の悪影響をどのように低減するか、ということを研究テーマとしていました。長さ10mほどの衝撃波管という鉄の筒に翼モデルを入れて突風を流し、翼面上で発生した衝撃波を、レーザー光を使った特殊なカメラで撮影していました。その実験との比較のため、研究室内製の流体ソルバーを改良し、シミュレーションを行ったことがソルバー開発を始めるきっかけでした。その後就職活動をする際、当時はメーカーよりもシンクタンク系の会社が積極的にシミュレーションソフトウエアを作っていることがわかり、日本総合研究所(現JSOL)もそのうちの1社だったのです。

アプリケーションコンサルタント 仙波 和樹

2001年に日本総合研究所に入社し、幸運にもソルバー開発を担当することができました。その時は熱伝導シミュレーションのソルバーを任されましたが、学生時代に夢中になっていた流体と熱伝導は近い関係なので、とてもうれしかったことを覚えています。
それから10年間は、無我夢中で仕事をしました。いただいた仕事は何でもやりました。技術的な困難さや自分の不勉強により、100%の回答ができなかった仕事もいくつかありましたが、体力の続く限り働いたことを覚えています。その中で当時の先輩から電磁界シミュレーションの仕事も任されるようになり、今の礎となっています。

その後2015年に、電磁界シミュレーションの高速化をテーマとして、京都大学で博士号を取得しました。約5年の間、社会人と学生の二足のわらじをはいていましたが、当時の上司は一生懸命働く部下にはチャンスを与えてくださる方で、後進が学識を広げることに関しても深い理解がありました。
博士課程でお世話になった先生方や同窓の皆さんとは今でもお付き合いがあり、そのコミュニティーがなければ今の仕事は成立しないほどの大切なつながりとなっています。

一人一人の個性や良さを見極めながら全員の能力を高めるチームワーク作り

今は、世界最速のソルバーをめざして開発を行っています。お客様はソフトウエアを選定する際に、同じシミュレーション対象を複数のソフトウエアで計算し、どれが高精度かつ高速かベンチマークをします。そこで負けてしまっては、いかに使いやすいソフトウエアでも選ばれません。JMAGが電磁界シミュレーションの分野で世界一のソフトウエアになるため、高度なアルゴリズムを実装することはもちろんのこと、JMAGが駆動されるハードウエアの特徴まで考慮したプログラミングも行っています。

アプリケーションコンサルタント 仙波 和樹

このようなプログラム開発は、正直なところ自分一人ではできません。アプリケーションコンサルタントとして、良いチーム作りや、後進の育成にも注力しています。私がソルバー開発を始めて間もない頃は、人材不足で仕事が思うように回らず、一緒に働いてくれる人を求めていました。現在は幸いにも、高い志をもつ多くのメンバーに恵まれています。今後もメンバーの成長を促すとともに、先輩後輩問わず切磋琢磨することで、チームとしてのソルバー開発力を強化したいと考えています。そのために自分も日々の知識習得に努めなければなりません。

高校時代の恩師である物理の先生からいただいた言葉を今も大事にしています。孔子の言葉にある「後生(こうせい)畏(おそ)るべし。~後略~」という一節です。自分よりも若い者はさまざまな可能性を秘めており、その人の努力によって将来どれだけの人物になるかわからない(だから大切にせよ)という意味です。後輩たちが近い将来活躍するためには、自分は今何をしなければならないのかを自問しながら仕事をしています。一人一人の個性や良さを見極めながら、個が成長しやすい環境を作り、結果として強いチームにしたいと考えています。


  • 本ページ上に記載または参照される製品、サービスの名称等は、それぞれ所有者の商標または登録商標です。

  • 当コンテンツは掲載した時点の情報であり、閲覧される時点では変更されている可能性があります。また、当社は明示的または暗示的を問わず、本コンテンツにいかなる保証も与えるものではありません。

関連リンク

もっと見る