(2020年04月現在)

電気機器の開発におけるシミュレーションを行う電磁界解析は、ものづくりにとって重要なツールです。その電磁界解析に学生時代から関わり、30年以上この研究開発に携わってきたJSOL認定プロフェッショナル アプリケーションコンサルタントの阿波根 明が、電磁界解析の傾向やアプリケーションコンサルタントとしてのJMAG開発の取り組みなどを説明します。

JSOL認定プロフェッショナル
アプリケーションコンサルタント
阿波根 明

自身の専門分野とアプリケーションコンサルタントの活動について

社会や日常生活を支える機械の開発を支えている電磁界解析

私が大学時代から30年間研究開発に携わり、現在も電磁界解析ソフトウエア「JMAG」の開発者として関わっている技術分野が「電磁界解析」です。この電磁界解析という言葉は、一般の方には聞きなれない言葉かもしれません。

かつての製造業では、新しい機械を設計するとき、試作機を作っては動かしてみる、という試行錯誤を重ねながら形状や寸法を変えることによって、完成度を上げていきました。電磁界解析とは、コンピューター上を仮想空間として、そのシミュレーションを実行するものと言えます。

電磁界解析がよく用いられる分野の一つがモーターの開発です。モーターは、パソコンやスマートフォンといったICT機器、自動車や鉄道、飛行機などの乗り物、産業用機械や医療機器など、多くのものに使われています。私たちの身の回りにある家電製品にも、入っていないものはないといっても過言ではありません。

これらの製品の性能、機能は、電磁界解析によって大幅に向上してきました。例えば、最近の電子レンジは、食材を乗せて回すターンテーブルがなくなりました。昔の電子レンジが回転していたのは、食材をまんべんなく温めるためでしたが、電磁界解析を使って、電磁波の輻射をシミュレーションして、回転させなくても全体を温められるようにしたのです。
それから食材ごとに位置をセンサーで検知して、「ご飯やハンバーグは温かく、サラダはあまり温めない」といった加減の調整が可能な電子レンジもありますが、それも電磁界解析によるシミュレーションをもとに開発されたものです。
ほかにも、人間が乗る鉄道などの乗り物の開発では、トラブル発生時の現象をシミュレーションさせて、対策を用意しておくといった安全性向上にも寄与しています。

製品開発における電磁界解析の重要性は今後も高まり続けていくと、私は見ています。近年普及しつつある電気自動車のモーターは、一人で乗るときと荷物をたくさん載せたとき、あるいは低速走行時と高速走行時の違いで、求められるパワーや機能が違ってきます。それらのさまざまなケースに対応できるようにモーターを設計する必要があり、ますます電磁界解析による開発の高度化、効率化が重要になることは間違いないといえます。

また、省エネ設計もモーターの開発に注力されているポイントです。モーターは数が多いだけに全体の消費電力が膨大であり、世界で消費されている電力の半分はモーターの駆動に使われているともいわれています。もし、その消費電力を1%でも削減できれば、節電、ひいては地球温暖化対策への大きな貢献につながります。

この電磁界解析ソフトウエアの分野で国内最大シェアを占めているのが、JSOLの開発した「JMAG」です。特徴としては、利用者目線からのユーザビリティに優れている点、そして、スピーディーに計算を完了させる高速性が挙げられます。そのなかで私は、主にJMAGの開発に関わっています。

研究開発において大切にしていること

ユーザー目線でJMAGの機能や操作性を向上させる

業務に携わるうえで大切にしていることは、「お客さまとの一体感」です。製造業の専門家が使うソフトですので、お客さまと密に連携しつつ、ユーザー目線で開発、導入、保守を行う必要があります。

JMAGの開発では私は、シミュレーションにおける計算を実行する機能であるソルバーを担当しており、さまざまなソルバーのツールを開発しています。ソルバー開発の難しいところであり、おもしろいところは、「こうすればいい」という決まりごとがあるわけではなく、常に新しい知識、スキルを吸収しなくてはいけないことです。

そのために、先進的な計算理論を研究、開発をしている大学、学会に対しては常にアンテナを張っています。とはいえ、得た知識をそのままJMAGに活用できるわけではありません。大学や学会で発表されるのはあくまで基本的な理論だからです。それをビジネスの現場で実用的に活用するために、関連するノウハウを収集したり、お客さまの現場から生まれた要望を受けて改良するなど、さまざまな工夫をしています。

またJSOLは開発現場に役立つJMAGの機能も増やしてきました。モーターは使用する材料によって性能が変わってきます。材料を決めるには、素材を取り寄せて、試作機を作って実験を行い、候補としている材料の特性や傾向を測定しなくてはいけません。しかし、そのたびに試作機を作り実験していては、手間も時間も掛かります。そこでJMAGでは、材料の特性などに関するデータベースを用意しており、事前の実験を省略、簡略化できる工夫を盛り込んでいます。

シミュレーションのソフトであるJMAGに対して、お客さまから一番多い要望は、計算のスピードに関するものです。といっても、業界や製品ごとに差異がありますので、特定の方法を使えば、どの用途でも必ず早くなるという鉄則があるわけでもありません。そこがこの種のソフトを開発する難しさでもあり、醍醐味でもあります。

学生時代から取り組んできたテーマについて

学生時代から30年以上にわたり、電磁界解析一本の人生

私と電磁界解析の出会いは大学時代になります。就職してからも電磁界解析と付き合っているので、30年以上この分野を専門にして人生を送ってきました。

大学では工学部の電気工学科で学びました。私が大学四年生になった当時は、大型計算機の発達によって三次元解析が実施され始めた時期だったのですが、そのようなタイミングで電磁界解析を扱っている研究室に入ったことが、現在につながっているように思われます。とはいえ、当時の私は別のゼミを希望していたものの、クジで負けてしまってやむを得ず電磁界解析に、という消極的なきっかけでした。

その研究室には、シミュレーションソフトの開発と実験の2つの選択肢がありました。ものづくりがしたくて工学科に入った私は実験に進むつもりだったのですが、教授から「君はシミュレーションね」と指名されたときに、言い返せなかったのが運の尽きでした(笑)。さらに大学卒業のときも教授から「君、(当然)大学院(に進学するよ)ね」と圧をかけられた結果、大学院でも3年間ソフトウエア開発に取り組むことになったのです。

アプリケーションコンサルタント 阿波根 明

しかし、シミュレーションのソフトウエア開発はやってみるとなかなか面白く、線型方程式のソルバーであるICCG法や、三次元解析における周期境界条件、非線形定常解析の計算時間短縮のための時間周期有限要素法など、大学で学んだことの数々は現在も役に立っています。

大学院を卒業したのは1989年、平成が始まったころになりますが、家電製品などを製造するメーカーに就職し、新製品を開発するための研究部門に配属されました。そこでは、「こういう機能があれば、便利になるのではないか」と試行錯誤しながら、まだ世の中に存在しない新しい製品を研究、開発していました。そして「5年先10年先に役に立つものを作る」という長期的なビジョンを持って仕事に取り組めました。これも、大きな転機の一つだったと感じています。

その研究部門では高周波汎用解析ソフトウエアなどの研究を行い、電子レンジやIH炊飯器からHDDまでさまざまな機器の開発に関わりました。その後、別の会社に転職したのですが、そこでもやはり電磁界解析に取り組み、リニアモーターなどの研究開発にも携わりました。

そして、2017年にまた転職し、JSOLのR&D部門であるJMAGビジネスカンパニーに配属されました。そこはJMAGを専門に開発する部門ですが、実は以前の会社で使っていたソフトが、JMAGでした。

JMAGのユーザーだったころに印象的だったのは、JSOLの充実したサポート体制です。あるとき、JMAGのアップデートによってシステムが大きく変わったことがありました。当時の私はその変更に対応できず、作業に支障が生じてしまったのです。すると、JSOLから10人ぐらいの担当者が来てくれて、問題を解決しつつ、新機能の目的や使い方を丁寧に説明してくれました。そのとき、JSOLの対応に感心した印象が強く残っています。

現在、JSOLでは多くの人数でJMAGの開発、保守、サポートを行っています。これだけの人数をかけて、JMAGというたった一つのソフトウエアを作っているのですが、お互いがお互いをフォローし合いつつ、チームワークを意識しながら開発できる点がJSOLのいいところだと思います。

プロフェッショナルとして今後取り組んでいきたいこと

AIやビッグデータの活用で、JMAGをグローバルなソフトに

今、私が取り組んでいる業務のひとつは、並列計算と呼ばれるソルバーです。昔に比べると、コンピューターのCPUの性能が向上し、さらに複数のCPUのコアを搭載して並列処理をすることによってスピードアップしています。なかには「京」などのスーパーコンピューター、複数のコンピューターを統合したコンピュータークラスターでもシミュレーションの計算は行われています。その結果、昔なら1週間ほど費やした計算も1秒程度のわずかな時間で終わるようになってきました。

そのようなハードウエアの進歩によって電磁界解析が大いに発展してきたのは事実です。しかし、長年ソフトウエアに携わってきたものとしては、「ソフトウエアがハードウエアを使いこなしているからこそ、性能が引き出されている」と声を大にして言いたいと思っています。

近年、CPU単体の性能が頭打ちとなり、CPUの数を増やそうという傾向にありますが、CPUをむやみに多く搭載したからといって、計算が早くなるものではありません。複数のCPUを余すことなく有効活用できるのは、ソフトウエアの力です。これからの時代は、ますます私たちソフトウエア側の力の見せ所ではないかと考えているところです。

また、JSOLに所属する開発者としては「JMAGをグローバルなソフトウエアにしたい」という夢を持っています。日本ではトップシェアであるものの、グローバルで見ればさらに大きな競合があります。

そのためには必要なことの一つが、他分野の最先端技術の導入ではないでしょうか。ICTの世界にはAIやビッグデータなどが広がってきましたが、それらのテクノロジーは電磁界解析とは関係ないものでした。しかし、私は「それらの先進的な技術を電磁界解析に生かせるのではないか」と考えています。

現在のシミュレーションでは、ある計算をして分析を終えたら、その計算で使われた設定、環境は再活用されずに捨てられています。しかし、繰り返し行われてきた膨大な計算の記録をビッグデータとして扱い、AIに学習させていけば、新しい設計や開発、新規ビジネスの創出に生かせるのではないかと期待しているのです。

ただ、AIやビッグデータは私の専門外なので、その分野を専門とする人たちの協力は不可欠です。そうやって、ほかにもいろいろな先進的な技術がありますから、これからはそれらが融合され、新しいものが生み出される時代になるのではないでしょうか。そんなことを考えながら私は、自分の仕事が世の中を変える一助になればと願い、研究の日々を送っています。


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