(2022年03月現在)

企業の基幹システムとして、多くの企業で導入されてきたSAP社のERPパッケージ。かつてはオンプレミスで構築してきた基幹システムも、パブリッククラウド上で稼動する企業が珍しくない時代になってきました。またインメモリーデータベースという特性を生かし、トランザクションとデータ分析を同一システム上で実行するケースも増えつつあります。今回は、長年にわたって多業種のSAPのインフラ基盤構築に携わってきた北見佳史が、将来を見据えたSAP構築のポイントについて語ります。

JSOL認定プロフェッショナル ITアーキテクト 北見 佳史

JSOL認定プロフェッショナル
ITアーキテクト
北見 佳史

自身の専門分野とプロフェッショナル職の活動について

インフラ担当として、技術とサービスをつなげる橋渡し役に

 私はSAPのインフラ基盤であるSAPベーシスのチームリーダーとして、基盤設計・構築や周辺システム、レガシーシステムとの連携に関する設計・開発などに関わってきました。プロジェクトの中では、主にAmazon Web ServicesやMicrosoft Azureなどのパブリッククラウド上にSAPを構築したり、SAPと一緒に動くミドルウエアやアプリケーションとの連携、インターフェースなどの要件定義から設計・開発といった技術的なパートを担当しています。また、近年ではサポート終了が近いSAP ERP 6.0からS/4HANAへの移行プロジェクトに携わることも増えています。

 それらのプロジェクトにおいてシステム構築や開発テストを円滑に進めるために、JSOL内のアプリケーションチームや周辺システムのベンダーの方々との交渉を進める「橋渡し」のような仕事も、私に求められている重要な役割といえます。

 そのような環境で仕事をする上で、自分自身に問いかけ続けてきたのは「この仕事で、お客さまのビジネス課題を解決するにはどうすればいいのか」ということです。

 ビジネス上での課題を解決するのは、SAPベーシスのようなインフラではなく、その上に構築されるアプリケーションの役目ではないかと思われるかもしれません。しかし、時代が移ればビジネスも変化していくため、基幹システムにも柔軟な対応が求められます。現在、SAP社をはじめ、さまざまなベンダーが多様な機能やサービスをリリースしていますが、基幹システムの柔軟性が低いとこのような価値のあるサービスを利用することが難しくなるかもしれません。

 例えば、SAP HANAには機械学習の機能を利用した分析機能や、SAPクラウドサービスと連携するための機能もありますが、バージョンが古いと利用できないこともあります。

 クラウドには多くのサービスが用意されているので、SAPをパブリッククラウドで動かすお客さまにとっては、サービスの選択肢が増えることになります。今後もいろいろなクラウドサービスが誕生するでしょうから、将来新しい技術を使うことを見越して、インフラが柔軟に対応できるよう、構築したSAPのシステムに拡張性を見据えた設計をしておくことが重要です。

 また、最近は一般のニュースでも取り上げられるようになりましたが、クラウドサービスの大規模障害により、一般のサービスが停止するなどのトラブルもたびたび発生しています。クラウド上で基幹システムを稼動させる場合は、そのような大規模障害も想定して、「どの程度までなら許容できるか」「どれくらいのコストをかけて対策すべきか」などの検討も必要となります。この辺りは従来の単一障害を想定した可用性、災害時の大規模障害(災害対策)とは、また別の観点で設計をする必要があります。

 このように、今の時代に即した最適なSAPシステムを提案するためには、お客さまとのコミュニケーションはもちろん、業務内容、ビジネス課題に対する理解、広い視野が欠かせないと考えています。SAPの構築時には、多くの選択肢から自社のビジネスにマッチしたシステムの選定が求められます。そのため、新しい技術に対して常にアンテナを張りながら情報収集、機能検証を進めることで、お客さまにフィードバックして提供できるようにと心がけています。

現在の課題や注力している取り組みについて

拡張性の高いパブリッククラウドに適した、柔軟なインフラ構築を

 SAPと聞くと、「会計、販売、物流や生産といった企業の基幹業務を担うERPパッケージ」という印象が強いと思います。かつては受注や購買発注、会計データを処理する基幹業務のための「トランザクション」と、蓄積されたデータの「分析」は異なるシステムで処理していました。しかし、2015年にリリースされた第4世代の「S/4HANA」はインメモリーデータベースの活用によって、トランザクションだけでなくデータ分析を基幹システムで実現できるように強化されました。この機能強化によってトランザクションと分析の両方を1つのシステムで処理するケースも増えています。

 とはいえ、S/4HANAが万能というわけではありません。インメモリーでデータ分析とトランザクションの両方を行うと、設計によってはメモリーの容量を超えてしまい、空き容量が不足するなどの問題が生じる可能性があります。新技術を使う場合には、そういうトラブルシューティングのノウハウも重要で、そのようなトラブルへの対応もベーシスに関わる要素があるため、私の担当領域といえます。

 昨今、SAP社は従来のソフトウエアベンダーからクラウドベンダーへ移り変わる大きな変革がありました。実際、S/4HANAはクラウドサービス型での導入を推進していますし、AIやブロックチェーン、IoTなど、各サービスをつなげるPaaS型のクラウドサービス「SAP Business Technology Platform」も拡充を進めています。
 
 かつてのERPでは「一度導入した後は極力変更を加えない」という意見が主流でした。その結果、10年前、20年前に構築したしくみを、パッチ適用やマイナーバージョンアップをしながらずっと使い続けるケースもあったわけです。しかしクラウドで提供されるサービスはアップデートが頻繁で、古いバージョンのサポート期間も短い傾向にあります。S/4HANAも毎年新しいバージョンがリリースされており、新たに提供される機能やサービスと連携するためには、新バージョンに追従していかなくてはなりません。

そこでJSOLとしては、バージョンアップや機能拡張に対応しやすいように、柔軟性・拡張性に優れたシステム構築によって、円滑に、安全で高性能なSAPの利用環境を提供したいと考えています。そのためには、今後もクラウドに登場した新サービスへアンテナを伸ばしながら、それらに対する知見を共有することがポイントになります。

 これまでのSAP導入プロジェクトとは違い、最近はJSOLとして導入実績のない新しいサービス、機能の導入が増えてきていると感じています。私自身幾度か「JSOLでは初めて」という技術を採用したプロジェクトに参画してきました。その際、大切にしているのはやはり、「システムを自分の目でよく見ること」です。報告やレポートに目を通すだけではわからないことも少なくはありません。暇があったら、システムを見るようにすることで、自分自身のスキルも上がるし、トラブルシューティングや運用面での勘所も働くようになります。今後も、そのような心構えを大事にして、新しいことにチャレンジして、お客さまに価値を提供していきたいと考えています。

学生時代に取り組んだ内容、興味のあった領域について

気候データを通して、データ分析するおもしろさを認識

 大学では理学部に進み、理学研究科の地球惑星科学を専攻し、地球の気候データを分析、活用する「物理気候学」という領域について学びました。

 取り組んだ研究テーマは、梅雨前線の気候学的な分析です。例えば、梅雨は毎年やってきますが、降水量が多い年と少ない年があります。また、年だけでなく、地域による降水量にも差があったりするのですが、その原因が何かというところをデータ分析して、「ここの気圧が高いから降水量が多かった」「偏西風が蛇行している影響だった」というようなデータ解析をやっていました。情報を集め、見つけたデータに対して仮説を立て、分析して可視化してまとめる作業が好きで、そういう作業を通して物事を筋道立てて考えていくことを身につけていったように思います。

 振り返ってみると、私はゼロから何かを生み出すよりも「応用」が得意な人間なのだなと感じています。まったくのゼロから1を作り上げるのは、私より上手な人がたくさんいますが、私は1と1を組み合わせて何かを作り上げるのが得意だと考えています。つまり、新しいものを柔軟に受け入れて、組み合わせ、さらに新しい何かを生み出すということです。
 
 学生時代の研究でも、データ解析をするためのライブラリや分析結果を地図上に描画するライブラリをうまく組み合わせながら、自分の研究に最適なプログラミングを実装していました。すでにある機能を組み合わせて、新たな価値を生み出すという体験は今の仕事にも通じています。システムを構築するときにもいろいろなものを柔軟に組み合わせてさまざまな工夫をし、よりよくしていくというのは私の性格にあっているように思います。

JSOL認定プロフェッショナルとして今後取り組んでいきたいこと

Web APIやデータ活用を広げて、SAPをより便利に

 S/4HANAの拡張開発や他のクラウドサービスとの連携は、今後リンクできたらと考えているテーマです。実際、最近はS/4HANAと別のシステムやサービスを連携したいというお客さまは増えています。例えば、「ユーザー管理についてはAzure ADを使っているので、S/4HANAと連携してシングルサインオンをしたい」「別の分析サービスとS/4HANAを連携させたい」というような案件です。

JSOL認定プロフェッショナル ITアーキテクト 北見 佳史

 ただ、他のサービスやシステムとの連携の際に、複雑な密結合な仕組みを採用すると、今度は分離することが大変になってしまいます。バージョンアップによって仕様が変わったりしたときに、複雑なしくみが制約となって、問題が生じることもあるからです。そこで今後はWeb APIを用いた疎結合なしくみで、シンプルに連携させることが重要になっていくのではないでしょうか。他のシステムやサービスも、Web APIを公開してシステム間の連携を実現できるケースも増えているので、基幹システムの領域でもAPI連携はますます重要になるでしょう。

 また、データ活用にも新しい広がりができてくるのではないかと期待しています。S/4HANAに蓄積されたデータと、企業が持つその他のシステムのデータを分析することは、すでに多くの企業が検討、または実現されている状況にあります。従来もデータウェアハウスを用いて構造化されたデータを分析することは行われていました。しかし今後は、非構造化データを持つあらゆるデータも集約し、それらをもとにデータを分析することが求められるでしょう。いわゆるデータレイクの考え方ですが、私はそのようなS/4HANAとデータレイク基盤との連携のニーズが増えると見込んでいます。
 そしてデータレイク基盤として、クラウドサービスを活用することはまさにうってつけと考えています。S/4HANAとクラウドサービスの連携は1つのポイントです。技術面やライセンスの制約などもありますので、そのあたりを見極めてお客さまに最適なアーキテクチャをご提案できるように、私自身がいろいろな模索をしているところです。SAPの世界だけに閉じず、さまざまな技術要素にも目を向けて、新たな価値をお客さまに提供できるようになることが、現在の私の目標です。

 また、クラウドの良いところは、関心があればPoCを実施して試してみて、効果が期待できればプロジェクトを進め、期待できそうになければ簡単にやめられるという点です。そういう試行錯誤が比較的容易にできる時代になってきましたので、クラウドを活用した業務改善やサービス創出を検討中の企業さまがいらっしゃれば、ぜひ一緒に協業して、PoCをしてみたいと思っています。

 これからのICTシステムは、いろいろなものを組み合わせて相乗効果につなげることが増えてくるはずです。JSOLが提供するサービスとして見てみても、JSOLの技術だけで実現できるものだけでなく、他のベンダーの皆さんと一緒になって、お客さまの目指しているものに近づけるようなシステム、サービスを提供することが重要になってくると考えております

多角的な視点、俯瞰的な視野を持って全体を見渡しながら、いろいろな人、会社、システム、技術の間での橋渡しをすることで、ハブのような役割を果たしていくこと。それが、JSOL認定プロフェッショナル職としての私にできる貢献ではないかと考えながら、日々の業務に向かっています。

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