(2022年09月現在)

モノづくりにCAEが浸透するにつれ、従来とはまったく違う活用法が広がりつつあります。さらに将来は想像もつかないような使い方が生まれるかもしれませんし、CAEベンダーも先んじて提案していくことがビジネスの成功につながります。そのような時代でもJMAGがユーザーに価値を与えるものとして提供できるように品質を維持、向上させるのが、品質保証の仕事です。長年にわたって品質保証に携わってきた、JSOL認定プロフェッショナルの河合優行が、安定した製品やサービスを提供するために必要な技術と、その未来について語ります。

JSOL認定プロフェッショナル CAEプロフェッショナル 河合 優行

JSOL認定プロフェッショナル
CAEプロフェッショナル
河合 優行

自身の専門分野とプロフェッショナル職の活動について

正しくJMAGが動作するだけでなく、
お客さまに価値を提供できるかどうかも検証

 JMAGビジネスカンパニーでは、JMAGという電磁界解析向けのCAEソフトウエアの開発、販売、サポートを行っています。その中で私は、製品の検証、テストなどを行う品質保証を担当しています。

 自動車や電化製品などの機械製品の出荷前には、さまざまなテストが行われます。例えば「想定したとおりに動くか」「ぶつけたり落としたりという衝撃を与えても壊れないか」「どこまで強い衝撃を与えたら壊れるのか」という類のテストが行われます。ソフトウエアも基本的には同様で、想定したとおりに正しく機能するか、異常な動作をしないかといった検証、テストを行っています。

 ただ、ハードウエアとは異なる、ソフトウエア特有の難しさもあります。そのひとつとして挙げられるのが、「原因が目に見えない」という点です。ハードウエアであれば「衝撃によりコードが切れたことで不具合が生じた」というように、どこに影響が及んだのか、何が故障の原因なのかを目でわかることも珍しくはありません。一方ソフトウエアの場合は、「この操作をすると、処理が途中で止まる」ということはわかっても、問題の原因がどこにあるかを直感的に特定するのは容易ではないのです。このため「ここが大丈夫なら、あれとそれも大丈夫」が成り立たないため、テスト量も膨大になります。

 しかし今の時代、ソフトウエアが正常に動かないと大変なことになりかねません。そうならないように、コンピューターが正しく計算されるかを確認するのが品質保証です。

 例えば、クレジットカードのシステムで計算処理が異常を起こして、間違った金額を利用者に請求したら、大騒ぎになることでしょう。それは、電磁界解析によってシミュレーションを実行するJMAGも同様です。正しい計算ができなければ、ユーザーであるお客さまの製品を設計、開発を支えることはできません。そのため、正常に動くことはとても重要なのです。

 品質保証でもうひとつ大切にしているのは、JMAGが「投資コストに見合った価値」を提供できているかという視点です。JMAGの価値のひとつは、作業時間の短縮による、お客さまの生産性向上です。確かにCAEを利用すれば開発工期を短縮できますが、どれくらい短くできるかは計算処理時間に左右されます。

 例えば、一日で終わると見込んでいた計算が、お客さまの環境では1週間かかってしまうという事象が起こったとします。計算自体は正しく処理されていたとしても、こういうトラブルが起こってしまうと、JMAGを利用していただいているお客さまに、投資に見合った価値を提供できないことになります。

 以前、そのようなトラブルが起こったとき、品質保証の担当である私は、簡単なテストプログラムを作ったり、JMAGの仕組みを改めて見直したりということをしながら、原因追求に取り掛かりました。そして余分に時間がかかった要因を突き止め、解決につなげたのです。これは結果的に、お客さまにとってのJMAGの価値向上に寄与したと思っています。

かつての品質保証という仕事は、製品の安定性向上、あるいは動作不良を治す点に比重を置いてきました。しかしこの事例では、「お客さまにとっての価値向上」という側面に足を踏み込んだといえます。

 品質保証の仕事を、住宅建築に例えてみましょう。家は多くの大工さんが手を動かして建てていきます。そして大工さんの棟梁が全体をみながら大工さんに指示を出します。それがプログラマーやプロダクトマネジャーの仕事に相当します。

 一方、品質保証は、棟梁の横で安全面をチェックするような仕事です。トンカチを握ったりはしませんが、「柱の太さは十分か」「大きな地震に耐えられるか」「人が暮らすのに問題はないか」など、安全面や暮らしやすさに関わる項目をチェックします。さらには建築後も品質不良がないかを探すこともあります。このような作業によって、安心して利用できるサービスを利用者に提供するのが品質保証の大事な使命です。

現在の課題や注力している取り組みについて

時代に応じて変革を遂げていく技術を、JMAGに搭載し続けるために

 CAE産業は変革期に入っていると感じています。歴史を振り返るとCAEは、コンピューターの進歩と共に変化してきました。90年代は、シミュレーションの計算は専門の業者に依頼しなければいけませんでしたが、今では一般的なパソコンでも動くようになっています。同様に、モノづくりの方法も変化してきました。かつては試作品を何度も作って検証していましたが、今ではCAEのシミュレーションで検証を行う手法が増えつつあります。

 さらには「CAEに新しいアイデアを提案してもらう」という動きも見られるようになってきました。従来は、設計者が自分の経験、知識を元に図面を書き、それをCAEでシミュレーションすることでモーター効率などの検証を行っていました。しかし近年では、CAEを駆使することで、人間の設計者には思いつかないようなアイデア、ヒントを得ようという使い方も始まっています。

 そのためには、CAEにたくさんのデータをインプットして計算やシミュレーションをさせなくてはいけません。欲しい性能を目的として定義し、変えることのできる値とその範囲のリストを決めて、目的にもっとも適合するものをCAEに提案してもらうのです。

 そうするとCAEの計算量は膨大になります。人間が設計するときは、「アイデアを一つひとつ形にしてから、シミュレーションする」という作業でしたが、CAEにアイデアをもらうとなると、クラウド上、あるいはHPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)の膨大なリソースを駆使して、1万、2万、ときには10万パターンという膨大なシミュレーションを並行して走らせ、最適なアイデアを探すような処理になるのです。

 ただし、10万通りのシミュレーションのうち、ひとつがエラーを起こしたら、残りの99,999個が無駄になってしまう可能性もあります。最初からすべてを実行しなおすとなると、利用するお客さまにとってCAEの価値が下がってしまいます。この種の問題は、「CAEにアイデアをもらう」という用途での利用が普及するのに比例して、増えつつあります。

 このようにCAEも、クラウドやHPC、またはAIなどを駆使した新しい活用が普及し始めたことで、今までにはなかった想定外の問題も起こりやすくなります。そのため、私たち品質保証部門では事例情報を集め、それぞれの解決方法を探っています。こうしてノウハウを蓄積することで、JMAGの新バージョンをリリースする前には、CAEの新しい活用法にも万全の対応が取れるように、既知の問題が生じないようにと、テストを充実させているわけです。

 そうやっていくと品質保証の業務は増える一方ですが、負担を軽減するための効率化も進めてきました。それがテストの自動化です。もちろんテストの自動化自体は、他社でもやっていることかもしれませんが、私たちの自動化の目的は、テストの負担軽減だけでなく、コスト削減をも見据えたものです。

 よくあるテストは、いろいろな値を入れてプログラムを走らせるようなとき、「100件の数値を入力してテストを実行する」という自動化です。テストが終わると、自動的に○と✕がつけられた結果が表示されたりします。もちろん、それだけでも負担は軽減できますが、○と✕の結果が間違いないかを人間の目で確認していたら、それはそれで労力です。

 そこで私たちは、自動テストの結果が○であれば、「それでよし」として、✕のときだけ確認するという運用を目指しています。口で言うのは簡単ですが、自動テストで○のものはOKと判定できるように至るまでは、さまざまな蓄積が必要でした。

 この取り組みは、JMAGだけでなく、JSOLの他のSI部門でも注目されています。JSOL本社に「業務推進本部 品質・生産性改革部」という部署があり、ここでもテストの自動化に目をつけていました。今、そこと連携が生まれて、SI事業全体でテストの自動化を取り込んで生産性を向上させようと動き出しています。

学生時代に取り組んだ内容、興味のあった領域について

難解な先端技術を解説するためのノウハウが培えた学生時代

 大学時代は理学部に所属して、修士課程まで進みました。専門は地球科学、地学になり、研究としては地震学に取り組んでいました。当時研究していたのは、地震が発生した場合、「揺れがどのように伝わっていくのか」「地下の構造によって、揺れの大きさはどのように変化するのか」といったシミュレーションでした。地震のシミュレーションをやっていたので、大学の頃からシミュレーションと付き合っていたことになります。

 物理の研究は一般的に私たちの生活から遠く離れた研究テーマが多いのですが、地震は生活に身近なものです。今振り返ると、地震学の「物理でありながら身近なテーマ」である点に惹かれたように思います。

 学生時代に「論文は英語で執筆して発表しろ」と指導されたことは今も生きています。理工学の分野では、論文を海外に投稿して評価をもらうことが重要です。そのため「論文は短くてもいいから英語で書くように」、そして「執筆するだけでなく、発表会をしなさい」と指導されたのです。

 その結果、論文の内容だけに集中するのではなく、内容をいかにしてわかりやすく形にするかという視点を得ることができました。私はパワーポイントを使って発表資料を作ったのですが、「グラフが小さくて見えない」「グラフの軸が抜けている」など指摘を受け、資料の加工の仕方など、結構勉強になったという思い出を持っています。現在品質保証としてUI、UXについて関わることもありますが、学生時代のそういう経験がいきているのかもしれません。

JSOL認定プロフェッショナルとして今後取り組んでいきたいこと

変化していくシステムやサービスを、クリエイティブな品質保証で支え続ける

JSOL認定プロフェッショナル CAEプロフェッショナル 河合 優行

 今のCAEは、ユーザーが「シミュレーションをしたい」と考えたときに実行するものです。しかし将来は、「ユーザーが意識してないところで自動的に計算が走る」ということも起こりうると見ています。

 例えば製造業ではプロダクトライフサイクルマネジメントが提唱されています。製品というものは、会社が新製品を企画、設計、テスト、生産して社会に送り出しますが、それでおしまいではありません。その後も、ユーザーのもとで順調に利用され続けることもあれば、製品不良やリコールが起こることもありえます。そして、年月が経てば、保証期間を終えて、世の中から消えていきます。そのような製品のライフサイクル全体を管理するシステムも使われ始めています。

 このプロダクトライフサイクルマネジメントの輪のなかでCAEやCADが使われる場合、どういう形が考えられるでしょうか。製品における部品の形や材質を、CAD上で変更を加えた場合、自動的にバックグラウンドでCAEがシミュレーションを実行してもいいのではないでしょうか。これが現実になれば、ユーザーは「CAEを使う」と意識しないまま、実はCAEを活用しているということになるでしょう。

 逆のパターンも考えられます。身近なところで計算するソフトといえば、Excelのような表計算ソフトがあります。私たちがExcelで計算するときは、たいていセルの中に計算式を入力しておき、数値やデータを入れれば、すぐに計算結果が表示される形になっています。このとき、私たちは「数値やデータを入れたら結果が出る」という感覚であり、「その都度、新しく計算している」という意識を持っていないのではないでしょうか。

 CAEでも同様に、ユーザーが自分のアイデアを形にした瞬間にバックエンドでCAEが自動的に計算をして、計算結果がすぐに表示されるという使い方が実現する時代も来るのではないかと私は予想しています。

 それが実現できれば、「CAEは難しいもの」という認識はなくなるでしょう。ただ、そうなるには短時間、いわば一瞬で答えが表示されるようなレスポンスが求められるはずです。しかし、答えの確かさは計算の重さに比例するものなので、瞬間的に答えを表示するには、「ある程度の粗さ」を許容することになります。しかし、概算だけでも瞬間的に導けるシステムが普及するということは、CAEの新しい活用法が生まれる可能性を持っています。

 品質保証としては、そういう新しい時代のCAEが到来しても大丈夫なように、数多くのノウハウ、知見を蓄積していくしかありません。さきほど挙げたような、10万通りを同時に計算させたときに1件でエラーが起こったら全体が止まってしまうようなトラブルに対する解決策をなるべく多く蓄積していくことが備えになると思っています。

 そのためには、JMAG、CAEの世界だけでなく、ITやAI、クラウドやネットワークなどのインフラ、ビジネス全般のトレンドなど、さまざまな世界に対してアンテナを張っておくことが重要です。

 品質保証というと、開発部門を裏側で支援する業務と見られがちです。しかし、実際にやってみると開発とは随分違う能力が求められる仕事です。品質保証は決して開発の風下にあるような仕事ではなく、能力や知見を表現でき、発揮でき、認めてもらえるという実感を得られるような位置づけにしていければと思っています。


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