(2024年11月現在)

電磁界解析ソフトウェアのJMAGは、大量計算を得意としており、最適化シミュレーションにも利用されています。その際に必要なのは、多数のパラメーターをさまざまな値に変更しながら、膨大なパターンを生み出すこと。それによって、膨大なシミュレーションを実行し、最適な設計案を探ります。JMAGでは形状を定義し、膨大なパターンの形状を作るためのツールを提供し、ものづくりにおける設計、開発の現場を支援しています。今回は、そのツールの開発を主導したJSOL認定プロフェッショナル CAEプロフェッショナルの山下優耶が、まだ世の中には存在しない機能を生み出す難しさと意義について解説します。

JSOL認定プロフェッショナル
CAEプロフェッショナル
山下 優耶

自身の専門分野とプロフェッショナル職の活動について

最適化シミュレーションの実行に欠かせないツールを開発

 私が所属しているJMAGビジネスカンパニー(JBC)は、電磁界解析のシミュレーションソフトであるJMAGの開発、販売、サポートを行っています。私は2002年の入社以来、20年以上にわたってJMAGの開発に携わっており、さまざまな機能開発を担当してきました。

 JMAGの中心的な機能はシミュレーションエンジンである「ソルバー」ですが、私はソルバーの開発には直接関わってきませんでした。JMAGはソルバー以外にもさまざまな機能コンポーネントで構成されており、私は「メッシャー」や「プリポスト」などの機能開発を経験してきました。その中でも特にユニークな機能開発だったものが「形状モデラー」と「レンジファインダー」です。JMAGは大量計算を得意とし、膨大なパターンのシミュレーションを実行して最適な値を探し出す「最適化」に用いられますが、この最適化に寄与しているのが先の2つの機能です。

 形状モデラーは、私が入社して5、6年経った2007年~2008年ごろに開発を始めたもので、CADの設計思想を踏襲した、シミュレーションの解析対象となる形状を任意に作成するためのツールです。

 シミュレーションソフトでは、解析対象のモデル形状をソフトウェアに入力する必要があります。形状モデラーを開発する以前にも、JMAGは解析対象のモデル形状を定義する機能を持っていましたが、設計現場でよく用いられているCADとは異なり、込み入った形状を作ることは難しい状況でした。そのため、お客さまはご自身のCADで作成した形状をJMAGにインポートして利用していました。しかし、他社製品からデータをインポートする際の変換精度の問題や、JMAGで必要な形状作成機能がCADにないといった課題がありました。そのような中「JMAGの中に形状を定義する機能が必要になる」との考えから、形状モデラーの開発がスタートしました。

 形状モデラーがあれば、ユーザーはCADを利用することなく、自由に形を作成したり、既存の形状を変更したりできます。また、私たちが開発したものなので、JMAGにとって扱いやすい形でデータを処理できます。さらに、JMAGで求められる特別な形状を作るための機能を自在に拡張できることも形状モデラーの特長です。

 2019年ごろから開発を始めたレンジファインダーは、この内製の形状モデラーをベースにして新たに作った機能です。寸法最適化では、解析対象のモデル形状の多数の設計寸法の値をさまざまに変えながら、膨大なパターンのシミュレーションを実行して最適な値を探します。しかし従来の方法ではほとんどすべての形状が破綻してしまい、希望するだけのパターンを計算できず、実運用上は寸法最適化の利用範囲が限られていました。この形状が破綻してしまうという課題は、言葉で伝えることが難しいのですが、JMAGが得意とするシミュレーション技術とは異なる課題であり、世の中一般的にも具体的な解決方法が示されていない問題でした。

 寸法パラメーターの値を変えること自体は以前から行われていましたが、難しいのは「実際には形にならない値でも、他の寸法値を調整すると計算可能な形状となる」ことです。これは、人が直接形状を見れば手動で値を変更し計算可能な形状に修正できますが、最適化ではこれをコンピューター内で自動的に行う必要があります。人の目や手に代わるアルゴリズムを見出す必要がありました。いかに人間の能力が優れているかがわかる問題です。ただ、人は膨大な数をこなす点ではコンピューターにかないません。

 この問題が解決できなかったため、製品開発現場の設計者が「最適化計算によるシミュレーションを実行したい」と考えても、形状が壊れたモデルが多く、「希望するよりも少ないパターンのシミュレーションしか実行できない」というジレンマを抱えていました。これは最適化によるシミュレーションの能力を十分に活用できていないことを意味しており、非常にもったいない状況が続いていました。

 この状況はJMAGにとってチャンスでもありました。確実にニーズがあり、課題が明確であったということだけではありません。JMAGはソルバーライセンスによる収益がビジネス展開の源泉になっています。最適化計算はその特性によりこのソルバーライセンスが大量に必要となります。つまり、JMAGのビジネスモデルの方向性に合致しています。最適化で利用可能な形状が得られないことが大きな障害となっていましたが、この障害を取り除くことができれば、、JMAGにとって大きな前進となることが期待されていました。

 私がこの課題に取り組み始めた当初は、組み合わせの問題として捉えていましたが、現実的な処理時間で解決するには全く有効なアイデアではありませんでした。頭を悩ませていたとき、JMAGのアーキテクチャを担っている上席から一本の論文を教えていただきました。その論文に具体的な解決方法が述べられていたわけではありませんが、新しい方向性のヒントを得ることができました。このヒントから構築した機能が、通称「レンジファインダー」と呼ばれる機能です。

 この手法の詳細は省きますが、「レンジファインダー」を実現するには内製の「形状モデラー」の存在が欠かせませんでした。JMAGが内製のモデラーを持たず外部のCADに依存していた場合、「レンジファインダー」は実現できなかったでしょう。

 今では、「レンジファインダー」は最適化の課題解決につながる機能としてJMAGに搭載され、お客さまにご活用いただけるようになってきています。JMAGは、お客さまに膨大なシミュレーションを実行していただくことでビジネスが成立しています。この大量計算を前提としたビジネスが継続できている背景には、形状モデラーとレンジファインダーによって膨大なパターンのシミュレーションを実行しやすくなったことも一助になっていると思います。

現在の課題や注力している取り組みについて

今はまだ世の中にない機能を、試行錯誤しながら開発

 形状モデラーもレンジファインダーも、開発に着手した当時の私にとっては「一筋の光も見えない前代未聞」のものであり、開発担当者となれば大変な苦労をすることは目に見えていましたが、その開発を進めることになったのが私でした。形状モデラーの開発を始めた当時は入社5、6年目で、GUIソフトウェアの開発経験でいうと1年もなかったと思います。実際、形状モデラーやレンジファインダーの開発は試行錯誤の連続でした。

 形状モデラーはCADを参考にしていますが、JMAGのビジネス全体を統括していた上司からは「CADそのものを作るわけではない」と強く言われていました。CADのメーカーはそれを専門に開発販売していますが、形状モデラーはJMAGの一機能に過ぎません。JMAGはソルバーライセンスの販売がビジネスの根幹であり、形状モデラーのライセンス販売は重要ではないのです。だからこその上司の指摘でした。また、CADと同等の機能を持たせようとしても意味がありませんし、競っても勝負になりません。

 そこで「JMAGにとって必要な形状とは何か」を熟考しました。その中でJMAGに求められる形状とCADが対象とする形状の違いに思い至りました。CADは実際の製品設計で使われるソフトウェアで、詳細で微細な形状まで表現できます。一方、JMAGではシミュレーションに必要とされる形状が求められます。シミュレーションでは計算結果が重要で、計算結果に影響を与えない詳細形状は必要ありません。こう考えると、CADが持つすべての機能を搭載する必要がないことがわかりました。必要最小限の機能セットを見極めることで「形状モデラー」開発の光が見えてきました。

 また、重要なのはJMAGとの結合度です。私たちはJMAGそのものの開発も行っているので、内部構造も熟知しています。だから形状モデラーも、JMAGから見て扱いやすい機能コンポーネントとなるよう開発に臨みました。

 何とか光を見出し、わずか1年という期間で形状モデラーの初期バージョンを開発しました。しかし、残念ながらユーザーからの評判は芳しくありませんでした。「今までにない機能」を作ったので、JMAGユーザーも「どう使えばいいのか」「用途がわからない」という状態でした。また、CADの利用経験があるユーザーからはCADとの比較で評価されることになり、私にとっては厳しいフィードバックをいただくこともしばしばありました。

 開発していた当時、ユーザーからのこのようなフィードバック(期待)に応えることができず私自身悶々としている時期がありました。ソフトウェアとしての性能を向上することは技術的には十分可能だったと今でも思いますが時間がかかります。そこに投資し続けることはJMAGのビジネスモデルに沿うものではありませんでした。形状モデラーに求められた製品開発の方向性はあくまでもJMAGにとって有用な、CADとは一線を画す、ある意味尖った機能開発でした。

 例えば、JMAGはEVに代表されるモーターの製品設計に広く活用していただいています。そこでコイルテンプレートのようなモーター設計に特化した機能も形状モデラーに搭載しました。モーターに使われるコイルは、金属をぐるぐる巻いて作りますが、この巻き方によって非常に複雑な形状になります。そこで、このコイル形状のテンプレートを作ることでコイルのパラメーターも自由に設定でき、「どういうコイルの形状にすれば、モーターの性能が向上するのか」といったシミュレーションがしやすくなります。

 さまざまな評価にさらされていた形状モデラーですが、10年以上前ドイツに出張した際、現地大学の学生が形状モデラーを使っている様子を見て、「外国でも使われている!」と胸が熱くなったことを覚えています。つい先日もアメリカで開催されたJMAGユーザー会に参加した際、セミナーの講師が形状モデラーのコイルテンプレートを使ったモデルを活用しているのを見て、5年以上前に開発した機能が今も使われていることを嬉しく思いました。ITシステム開発でも同様と思いますが、パッケージソフトウェアも一度作った機能を長く使っていただけることはビジネス面でも重要ですが、なにより作り手としてのモチベーションにつながります。

 このように開発してきた形状モデラーが、後のレンジファインダーの開発に役立ちました。レンジファインダーの重要な役割の一つは、形状の壊れ具合を評価することです。仮に、CADなど別のツールで形状の壊れ具合を評価し、それをJMAGにインポートしようと考えた場合、CADは他社で開発されているため、必ずしもJMAGが欲しい情報を得られるわけではありません。その点、JMAGには結合度の高い形状モデラーがあります。これを使って形状を作れば、JMAGにとって望ましい形で情報を入手し、自由に壊れ具合を評価できます。

 かつてに比べるとものづくりの形は大きく変わりました。以前は、実物の試作機を制作し、テストして改良を加えながら、次の試作機を作り、最終的に完成品を仕上げていました。現在は、JMAGのようなツールを使って、ソフトウェア上でたくさんの仮想的な試作品を作り、評価しながら改良を加えていきます。そして完成度が高まってから実物で確かめます。これにより、製品の設計・開発コストも製作期間も抑えられ、品質の高いものを効率よく作ることができます。

 JMAGも、時代の変化やユーザーのニーズに合わせて、ものづくりにおける設計・開発に求められる多くの機能を開発、拡張してきました。その中で私が主に担当してきたのは形状モデラーとレンジファインダーですが、JMAGの他の機能も同様に進化しています。

 この記事をまとめる中で振り返ると、これらの開発には、一緒に開発してくれた同僚の存在が大きかったと気づきます。形状モデラーの開発を始めた当時の私はGUIの開発の知見がほとんどありませんでした。そんな私が開発をリードできたのも、使いやすさに直結するGUI開発や品質を左右するテストを担当して一緒に形状モデラーの開発に関わってくれた同僚のおかげです。

 また、私の身近には優秀な先輩方が多数おられます。先輩方には何度も相談に乗っていただきました。どうやればいいのか見通しが立たない機能を生み出すということで、途方に暮れることも多く、そのたびに先輩に話を聞いてもらいました。背中を押していただくこともありましたし、話している間に自分の中に答えが見えてくることもありました。長時間にわたって話を聞いてくれた先輩方にも心から感謝しています。

学生時代に取り組んだ内容、興味のあった領域について

メッシュ生成の権威から学んだプログラム開発の楽しさ

 大学では土木系を専門とする学部に入りました。最終学年でプログラム開発に関わる科目を受講し、レガシーなプログラム言語を使って開発を行いました。文字が出てくるだけのCUIプログラムでしたが、コンパイルして動かしたとき、なんだかおもしろく感じました。私の性に合っていたのかもしれません。この瞬間が、今の私につながるスタートラインでした。

 その後、その科目を担当していた先生の研究室に入り、メッシュ生成に関する研究を行いました。メッシュとは、シミュレーションの解析対象を細かい領域に分割したものです。複雑な形状の物体も、シンプルな形状のメッシュの集合体として認識することで解析できるようになります。

 メッシュは工業製品の設計開発だけでなく、自然の中の大気や土壌のシミュレーションにも使われています。私の研究室では、土壌の中を水が浸透していく流れをシミュレーションするために、どんなメッシュを作ればいいか、どうやってそのメッシュを作るかを研究していました。プログラムのコードを書いて、コンパイルして、実行して結果を確認するという試行錯誤の繰り返しでしたが、自分で書いたコードが意図通りに動いたときの感動は忘れられません。

 あるとき、GUIでメッシュを表示して確認できるグラフィカルな環境を目にし、「どうやって作るんだろう」「作ってみたい」と思うようになりました。当時は文字ベースのCUIプログラムで研究していたので、GUIでメッシュを自由に確認できるツールは斬新に映りました。

 卒業後、JSOLの前身である日本総研に入社しJMAGに携わるようになりました。日本総研の存在を知ったのは就職活動の最終盤で、研究室に社会人ドクターとして在籍していた方から、日本総研にシミュレーションソフトウェアの開発部署があると教えていただいたのがきっかけでした。本当にぎりぎりのタイミングで、その年の最後の日本総研の会社説明会に滑り込んだ記憶があります。

 入社してから知ったのですが、学生時代に所属していた研究室の先生は、実はメッシュ生成の分野で有名な方でした。そのような先生のもとで、メッシュに関する基本的な知識、形状の重要性、シミュレーションにおけるメッシュの切り方を学べたことは、今につながっていると感じています。私のように、メッシュや形状について大学で学び、JMAGに興味を持って入社した社員は珍しいと思います。

 そのような背景もあり、入社後はJMAGのメッシュ生成機能の開発を担っていた「メッシュ」チームに配属されました。冒頭でお伝えした「メッシャー」と呼ばれるJMAGの機能コンポーネント群を担当するチームです。配属当初は「大学で身に付けたメッシュ生成のスキルを使って、まだ世の中にないものを開発しよう!」とひそかに意気込んでいましたが、JMAGの開発現場で行われていたことは、大学で学んだことのはるか先を行っていました。当時は、鼻っ柱を折られたような気持ちになりました。しかし、大学院で身に付けたメッシュの知識やノウハウは無意味ではありませんでした。頭の中でメッシュの構造を想像できるスキルは、メッシャーの開発だけでなく、その後の形状モデラーの開発でも大いに役立っています。

プロフェッショナルとして今後取り組んでいきたいこと

AIがシミュレーション業界を席巻しても、JMAGの優位性を保つ

 シミュレーションや最適化の未来を5年後、10年後というスパンで考えると、避けて通れないのが「AIソリューション」です。AIを活用するには、学習と呼ばれる段階を経る必要があります。シミュレーション分野におけるAIの学習段階ではシミュレーションによる解析計算が必要ですが、学習を終えたAIモデルを利用する際にはシミュレーションは全く実行されなくなるか、実行されるとしてもその数ははるかに少なくなるでしょう。これは、JMAGのビジネスにとって将来の脅威となるかもしれません。JMAGのソルバーライセンスを消費せずに、シミュレーションと同じような結果が得られる可能性があるからです。

 実はJBCでは、すでにこの将来を見据えた機能開発や調査を進めています。形状モデラーやレンジファインダーを始めた当時のように、担当している同僚の苦労は察するに余りありますが、JMAGの将来につながる開発を進めてくれています。

 このような時代の流れの中で、私が取り組みたいのは最適化ソリューションの強化です。特にレンジファインダーには、まだまだ改良や機能拡張の余地があります。例えば、レンジファインダーによって複雑な形状モデルでも壊れない形状を自動的に導き出せるようになっていますが、これはシミュレーションのアルゴリズム上の課題を解決した段階にすぎません。実際の製品設計の現場では、製品の加工のしやすさなど製造工程における制約も重要です。「この形状では製造工程が複雑になる」といったことも踏まえて分析できるようになれば、JMAGの最適化のレベルはさらに向上するでしょう。

 こうした活動を続けることで、将来AIの時代が来てもJMAGの優位性を高めていきたいと考えています。AIモデルの学習には膨大なシミュレーションが必要です。JMAGの最適化ソリューションを磨き上げることは、効率的な学習方法の開発につながるでしょう。大量計算を得意とするJMAGの強みも十分に生かせます。AIと共存する道は必ずあるはずです。

 形状モデラーやレンジファインダーに限らず、JMAGで取り組んできた仕事は私にとって本当に挑戦の連続でした。隣で諸先輩方や同僚も同じように頭を抱えながら取り組み、成果を残されています。私はその成果を受けて挑戦することができています。製品開発は投資とリターンの繰り返しであり、挑戦は投資です。リターンがなければ投資はできません。

 先の見えない挑戦は試行錯誤の連続で大変ですが、先の見えない挑戦は今の課題だけでなく、次の未知の課題解決にもつながることを私は経験してきました。挑戦できる環境に身を置けていることに感謝しつつ、将来の投資につながる製品開発に今後も携わっていきたいと思います。


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