(2025年04月現在)
お客さまのビジネスに直結する基幹システムで利用されるERP。オンプレミスやクラウドなどさまざまな形で構築されますが、必ず必要となるのがインフラです。ERPのパッケージ、用途にあった最適な構成でインフラを用意しなくては、安定したERPの稼働、運用が望めません。そしてインフラの領域でも、構築自動化などの新技術が導入されようとしています。長年ERPのインフラ構築を手掛けてきたITアーキテクトの川辺優が、構築のポイントやトレンドについて解説します。

JSOL認定プロフェッショナル
ITアーキテクト
川辺 優
自身の専門分野とプロフェッショナル職の活動について
無限の組み合わせから、ERPのインフラの最適な構成を見つけ出す
ERPの構築、安定運用していくうえで重要なのがインフラ(基盤)と呼ばれる領域です。会計や生産、販売などの基幹システムとして使われるERPはビジネスに直結しており、万が一障害が発生するとコア業務に多大な影響がおよびかねません。それを避けるためにも、安定性を重視したインフラ設計が求められます。
そのERPのインフラがカバーする領域は意外に大きなものになります。ERPではアプリケーションサーバーやDBサーバー、さらにはジョブ管理、システム間連携、帳票作成、システム監視など、さまざまなサーバーが使われます。また、ネットワークやセキュリティー、データの消失を避けるためのバックアップやDRもインフラの領域です。
私が所属しているエンタープライズ&ソーシャルビジネス統括本部 データ&テクノロジーコンサルティング事業本部 プラットフォームコンサルティング第二部では、ERPのインフラの新規導入、バージョンアップ、運用保守などを担っています。そのなかで私は新規導入やバージョンアップを主に担当してきました。
ところでERPの安定性を高めるポイントは何でしょうか。あるいはバグや設定ミスを減らすためには何が効果的でしょうか。極端な言い方になりますが、システムが存在しなければバグやエラーは発生しません。実際の構築にはシステムが必要ですが、システムが少なければ少ないほど、安定性は高まり、運用保守の負荷は下がります。
つまり、目的を達成するために必要最小限のシンプルな構成にすることが、安定性を高めるポイントとなるのです。そこで私が大切にしているのが「最適化」という視点です。
システム構築する際によく「稼働率99.5%」「SLA(サービス品質保証)99.7%」などのフレーズを目にしますが、システムである以上100%はありえません。そこで、ビジネスを円滑に進めるにはどの程度の稼働率が現実的かをお客さまと相談して決めていくのですが、100%に近づけようとするほど多重化するなど構成も複雑になり、コストも跳ね上がります。そこでERPの用途や重要性、お客さまの要望などを踏まえて、最適な落としどころを提案します。
また自由度と制約のバランスも、最適化という観点から注意すべきポイントと言えます。ERPの世界でもオンプレミスからクラウドへと移ってきましたが、クラウドを利用すれば、物理機器の管理や保守期限を気にすることなく、ビジネス領域により注力できるようになります。その一方でクラウドならではの制約も発生します。
オンプレミスの時代には物理サーバーを購入し、OSもアプリケーションもネットワークも自由に設定できました。ところがクラウドでは基本的にサービスとして用意された機能を利用します。そのため設定できる項目や範囲が少ないなど、制約を受けることになります。そこでその制約がERPを運用する際に、どのようなデメリットにつながるかをしっかりと検証する必要があります。制約がお客さまの業務に影響を及すのであれば別の方法を考えなければいけませんし、逆に影響がないのであれば採用すべきベストプラクティスとなるでしょう。
このような自由度と制約の問題は、新しいテクノロジーを採用する場合には常に付きまとう問題と言えます。さまざまな選択肢の中で、それぞれのメリットとデメリット、自由度と制約を天秤にかけて、どのような構成が最適なのかをしっかりと考えて、アーキテクチャを検討しなくてはいけません。
何が最適かを判断するには、IT以外の知識も重要になります。ERPのインフラにはITに関する知識のほか、企業風土や社会の習慣に対する理解も欠かせません。例えばメンテナンスのタイミング。多くの企業では業務が行われない深夜の時間帯にバッチ処理やバックアップなどを実行します。ではグローバル企業の場合、「深夜」をどの時間帯に定義すればいいのでしょうか。ある国では深夜であっても、別の国ではお昼かもしれません。
休日や祝日も国によって異なります。一般的に、メンテナンスやシステム更改は平日を避けるものですが、日本では平日であっても海外では祝日というケースもあります。当然、逆もまた然りです。そうしたなかでメンテナンスのタイミングをどう決めていけばいいのでしょう。このようなルールを決めるのもインフラ設計の仕事です。
このように最適な落としどころを見つけるには、ネットワーク、サーバー、仮想基盤、ミドルウエア、アプリケーションなど、さまざまなレイヤーのパーツと組み合わせについて知識とノウハウ、社会やビジネスに関する見識を広く深く持つ必要があります。
現在の課題や注力している取り組みについて
クラウド化、生成AI、構築自動化など、新しい技術のスキル習得を目指して
無限にある組み合わせから最適なインフラを考えるのは、楽しみでもあり難しさでもあります。いくつものパーツがピタッとはまり、無駄な要素がまったくない構成を組み上げられた場合には、まさに「すっきり」した気持ちになります。うまくはまった構成は、トラブルの要因を最小限に抑えられるので構築後の運用も楽になりますし、仮に問題が起こったとしても原因追究が容易になるでしょう。また将来的にバージョンアップ、あるいは機能拡張を行う際にも、懸念する要素が少ないのでスムーズに作業を進められます。
最適な構成を見つけ出すには、できるだけ多くの選択肢を知っておくことが重要です。そういう面でいえば、私は恵まれていたかもしれません。インフラは専門的な領域であり、SIerでもインフラを専門にスキルを極めてきた人も多くいます。対して私はこの業務に就く以前にいろいろな仕事を担当していました。ERPのアプリケーションの開発部門に所属したこともありますし、お客さまのオフィスに常駐して机を並べて働いていたこともあります。クラウド事業者のアライアンスにも関わってきました。さまざまな領域に携わってきた経験は、最適なアーキテクチャ設計の検討やシステム設計時の拠りどころになっていると感じます。
また、ERPの製品によって必要とする知識、ノウハウも異なります。私は長年、SAP ERPのインフラからアプリケーション基盤レイヤーまでを指す、SAPベーシス領域を担当してきました。ここ数年はよりクラウドにシフトしたRISE with SAPに携わっています。近年はNTTデータ・ビズインテグラルが提供している国産ERPのBiz∫の基盤領域も担当しています。
そのおかげで、クライアント/サーバー型のERPやWebアプリケーション型のERP、グローバルなERPに対し国産ERPなど、異なる特徴を持つERPそれぞれに適したインフラを設計するためのスキルを身につけられました。そうやって蓄積したスキルが、無限の選択肢から最適な一つを見つけることに役立っていると感じています。
そして想像もつかないテクノロジーが次々に登場してくるのがITの世界です。数年前にはAIを現実のビジネスに使われることは想像もしてなかった人がほとんどだったでしょう。ところが現在では、生成AIについて耳にしない日はないと言えるほど身近な存在になっています。そういう新技術をERPの構築や運用に取り入れられるようにと、いつも考えています。
現在私がもっとも注力しているのが、ERPインフラにおける「IaC」や「CI/CD」技術を用いた環境構築の自動化です。標準的なインフラ構成をテンプレート化し、それを使って「構築自動化」を行います。その自動化で使われる技術がIaCとCI/CDです。IaCとは、インフラをテキストファイルの形でコード化して定義するものです。作成したコードからインフラを自動的に構築したり、コードを変更することで再構築したりできます。それらのコードが更新されるなど、さまざま実行トリガーによりテストやデプロイを自動で実行する環境として用いられるのがCI/CDです。
従来、インフラは手作業で構築することが多かったため、時間やコストがかかっていました。手を動かす作業が多ければ人為的なミスも発生しやすくなり、確認にも手が抜けません。その構築作業を自動化すれば、高品質のシステムがより安価で短期間に構築できるようになります。また環境の再構築なども容易になるため、「作っては壊す」「必要なときだけ作成する」というクラウドらしいスピーディーな利用も加速すると考えられます。
学生時代に取り組んだ内容、興味のあった領域について
少年時代からの基本的な仕組みへの関心が、ERPインフラのスキルアップにつながっている
大学では理学部化学科に進みました。その理由は、単純に理科に興味があったからです。中高の理科では授業を聞きながら、副読本を眺めるのが好きでした。理科の副読本は教科書では書き切れなかった詳細な内容も多くの図や表を使いながら解説されていて、興味を持って読んでいました。
自宅には科学、理科系のマンガが何十冊もあったので、繰り返し読んでいました。小学生のころは、同じ本を何度も読み返しますよね。私も数十冊の本を熟読していたのですが、そこで得た自動車の仕組みや構造などの知識は今でも覚えています。基礎的な科学知識、機械が動く仕組みに興味を持つようになったのは、幼いころからの体験が大きな要因になったのかもしれません。
コンピューターに興味を持ったのは、大学に入ってからになります。化学科ですので、大学では白衣を着て実験しレポートを提出する毎日でした。一方自宅では、プログラミングをしたりLinuxサーバーを構築するなど、コンピューターに触れる日々を過ごしていました。そのような日々を送った結果、実験ではなくシミュレーションを行う研究室に入り、単純化した分子モデルについて折り畳まれた際のエネルギー状態と折り畳まれ方に法則性が見つけられないかを、コンピューターを用いて解析していました。
大学院では自然科学と人文社会科学が融合した研究室に入り、社会シミュレーションに取り組みました。社会現象をモデル化し、そのモデルをコンピューターシミュレーションに落とし込み挙動を観察することで、社会の仕組みを理解しようとする研究手法です。
人は、親、周囲の環境などから受け継ぐ形質もあれば、本人の努力や体験から得られる形質もあり、総合的な形質が決まります。私は、そういう社会モデルにおいて貧富の格差を是正するにはどういった施策をとるべきかといった研究に取り組んだのです。コミュニケーションの範囲や移住の容易性など、機会の平等をキーワードに検証を行っていました。
こうして振り返ると、昔から「表に見えている事象」の「奥に隠れているもの」を考えるのが好きだったのかもしれません。子どものころから自動車を見ても、エンジンやギアの仕組みが気になりましたし、実社会で起こっている現象を見ると裏側にある社会モデル、理論などを考えてしまいます。この考え方はインフラ構築にも役立っていると思います。
また、大学院に進む学生の多くは学部時代の延長として研究室を選ぶと思いますが、私は学部時代とは違う領域を選択しました。社会人になってからも、それまでのバックグラウンドにとらわれず、新しい分野へ前向きに取り組めているのは、基本的な知識を疎かにしない姿勢、新しい世界に積極的に飛び込んできた過去の経験が自信になっているためかもしれません。
プロフェッショナルとして今後取り組んでいきたいこと
より高品質でスピーディーな構築をめざして、構築自動化の実現を

ERPの導入、刷新は複数年かけて実施する場合があります。しかしクラウドなどの利用でハードウェア調達のリードタイムが短縮され、さらに環境構築期間を短縮するためにIaCなどの技術を用いた構築の自動化という選択肢が出てきました。
「短期間に高品質なインフラを構築可能」となれば自動化に大きな期待を持つ人も多いでしょう。しかし、オンプレミスからクラウドに変わったときにメリットとデメリットのトレードオフがあったように、自動化もメリットばかりではないので、しっかりと見極めなくてはいけません。
まず自動化では、担当者の習得にかかるハードルが高くなるでしょう。手作業でインフラを構築する場合、マニュアルを熟読して経験を積んでいけば必要なスキルを得られます。一方自動化となれば、手作業でのスキルと自動化に関するスキルの両方の知識と経験が必要になります。
加えて、コードに基づいて自動的に実行されるので、その動きは表からは見えないという問題もあります。その自動化を担当した本人には問題ないかもしれませんが、引き継いだメンバーが新しい機能をインフラに追加したいと考えたときには、しっかりとコードを読み解く必要があります。
そのため、自動化に取り組むときには、長期的な視点でしっかりと運用できるような体制、仕組みづくりを考える必要があります。特に、別のメンバーが後から参加しても理解できる、もしくは手を入れなくても済むような形で実現することは重要です。
そして、自動化に向いているプロジェクト、向いていないプロジェクトについても考慮しなくてはいけません。規模が大きく作成対象が多い場合や、規模が小さくとも何度も繰り返し同じ構成を再作成する場合など、利用範囲や頻度が大きくないと、費やしたコストが見合わないことになるでしょう。それにお客さまの独自要件が多い場合は、手作業で組むほうが安くて高品質なインフラを構築できるケースもあります。
このように解決すべき課題もあるのですが、生成AIを適切に使うことで学習コストを下げたり、お客さまの独自要件の差異を吸収したりできるのではないかと考え、最適な形を試行錯誤しているところです。
また自動化の実現には、ERPを開発するベンダー、ERPと連携するシステムやサービスのベンダー、クラウド事業者と密にコミュニケーションを取っていく必要があります。ときにはアライアンスを組んだり、お客さまからの要望などを共有したりすることも重要になります。
自動化においても、さまざまなサービスを組み合わせて利用すると問題も生じやすくなりますので、調整も必要となるでしょう。そうやって数多くの選択肢が新たに生まれ、そのなかから最適な構成を見極めて、お客さまに届けなくてはいけません。
JSOLはこれまでも、大規模なERPの構築プロジェクトを数多く成功させてきましたし、稼働後もしっかりと運用を支援してきました。クラウド事業者や周辺システムのベンダーとも強いパートナーシップも築き上げてきました。そして構築の自動化をはじめさまざまな新テクノロジーも登場してくるでしょう。これからも期待に応えられるよう、信頼性の高いERPのインフラを最適な形でお届けしたいと考えています。
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