(2026年03月現在)

高い安全性が求められる自動車の設計、開発。量産されて世の中に出る前には、実物の自動車を実際に壁などに衝突させる試験が行われます。その試験に備え、CAE技術を活用して設計段階で衝突のシミュレーションを行うことで実際の衝突試験の回数を減らし、開発にかかる期間の短縮とコスト削減を実現するのが衝突解析です。CAEプロフェッショナルである大平博道がJSOLの豊富な経験と技術力を背景に、衝突解析のポイントについて解説します。

JSOL認定プロフェッショナル
CAEプロフェッショナル
大平 博道

自身の専門分野とプロフェッショナル職の活動について

自動車の衝突現象をシミュレーションで実行。サポートと技術開発の両輪で自動車メーカーを支援

 自動車の安全性は生命に関わるため、その設計には高い安全性が求められます。それを保つために自動車メーカーが取り組んでいるのが、「走行中の車を障害物に激突させたときの、乗員への衝撃の大きさ」などを検証する衝突解析です。

 ただし実物の自動車をぶつけるのは、コストも時間もかかります。そこで多くの自動車メーカーが取り入れているのが、非線形衝突現象を中心とした汎用シミュレーションソフトウエアの「Ansys LS-DYNA」です。これはアメリカのLivermore Software Technology(LST)社が開発したCAEソリューションであり、JSOLは代理店として事業を展開しています。これはもともと爆発による衝撃などの解析を目的に開発されたものですが、現在では自動車の衝突解析をメインに利用されています。

 このLS-DYNAを利用することで、自動車の設計段階からコンピューター上で衝突結果のシミュレーションが可能となります。設計図であるCADから必要なデータを取り出してシミュレーションを実施し、想定に足りない結果が出た場合は設計を見直すといったサイクルを何度も繰り返すことが可能になるわけです。ソフトウエアを用いたシミュレーションであるため莫大なコストをかけることなく実施できるので、衝突の角度や位置、部品の素材を変えて、いろいろなパターンの衝突を試せるのもメリットです。

 安全性を高めるためにも、LS-DYNAを用いた試験結果を正確に解析することは非常に重要と言えます。しかし自動車の構造はただでさえ複雑であり、衝突後にはゆがみなどの変形も生じます。各パーツがどのように変形するか、変形後に隣り合うパーツへどのような影響を与えるのかなどの情報を多面的に解析することは容易ではありません。また、壊れ方は鉄やアルミ、樹脂といった材料によっても異なりますので、それぞれのデータを用意して解析の精度を高める必要もあります。

 また衝突解析には、自動車本体の壊れ方だけでなく、歩行者を巻き込んでしまった場合の人間に対する安全性も含まれています。そのため、正確な衝突解析を繰り返すことは、人命を守るためにも重要な要素と言えます。

 自動車の設計は、完成に近づくほど制約条件が増え、修正するのは難しくなります。そのため、近年ではできるだけ早い段階で安全性能を満たすように設計することがトレンドとなっています。これにより自動車の設計開発のサイクルの短縮化にも貢献できていると言えます。

 入社以来、私は自動車の衝突に特化したLS-DYNAを活用して衝突解析の技術開発、運用、品質のトータルサポートを担当してきました。運用支援から品質の確保まで、開発元と連携しながら、サポートと技術開発の両輪を回しているのが私の仕事といえます。

 実施したシミュレーションと、実際の自動車を使った試験の結果がおおよそ合致したときには、「自分のやった解析は意味のあるものだった。製品開発に役立っている」とうれしくなります。以前、自動車メーカーであるお客さまのオフィスに常駐して製品開発プロジェクトに関わったことがありましたが、実際に自分の関与した自動車が量産、発売されたときには、「あの部分の形状は私が提案したもの」という手応えを感じました。

 長きにわたってお客さまのLS-DYNAの活用を支援していることもあり、昨今は「お客さま自身の衝突解析に関するレベルが上がっている」「安定した運用サイクルが回せるようになってきている」という実感があります。特に自動車メーカーは海外の企業と切磋琢磨しており、競争力のある製品をスピーディーに開発することが重要です。中でも、「自動車の安全性」は世界中で重視されている要素なだけに、その向上に貢献していくことは大きなやりがいを感じています。

現在の課題や注力している取り組みについて

JSOL、自動車メーカー、アプリ開発元。異なる視点を持って最適な判断を

 自動車業界では、「CASE(コネクテッド、自動化、シェアリング、電動化)」と呼ばれる4つの大きな変化が同時進行しており、「100年に一度の大変革」とも言われています。それに伴い、自動車の構造や素材なども大きく変化しつつあります。

 例えば、モーターで走るEVは巨大なバッテリーを搭載することから、従来のエンジンで走る自動車に比べ、車重が重くなります。そのため衝突時の衝撃も大きくなり、万が一に備えた高い衝突安全性が求められます。そこで、多くのガソリン車ではエンジンを運転席の前に配置していますがEVはエンジンが不要なのでそのスペースを衝撃吸収に活用するなど、自動車の構造を工夫することで衝突時のダメージを和らげることができるのです。
 
 ただ設計段階で素材や形状や構造が変われば、耐衝撃性能にも変化が生じるので、改めて衝突解析が必要となります。自動車の設計は、実際の事故を模擬した多様な形態の衝突解析を行いますので、一台設計するのに膨大な解析が繰り返されています。

 そうした中で、自動車メーカーであるお客さまにとって、JSOLがなくてはならないパートナーであり続けるためには、何よりも提案力が重要だと私は考えています。お客さまが頭に描いている理想図を共有し、その実現に必要な解析を提案し続けるには、解析の運用と品質向上を担う「サポート」と、解析そのものを進化させる「技術開発」の両輪を同時に回していく必要があります。このサイクルを効率的に回すために、私自身がこれまでに経験してきた三つの異なる立場が大きな強みとなっていると考えています。

 一つ目は、JSOLの社員として製品サポートを行ってきた経験。二つ目は自動車メーカーに常駐してお客さまと自動車開発のプロジェクトに関わった経験。そして三つ目が、LS-DYNAの開発元であるアメリカのLST社に常駐して、現地のエンジニアと一緒に機能開発や改善に取り組んだ経験。この三つの立場で自動車開発に取り組んできたことが、新しい解析のニーズを見つけるために役立っていると感じています。

 お客さまのオフィスに常駐していた際には、自動車開発のプロジェクトに深く入り込み、自動車設計の工程や実務を詳細に経験することができました。これにより、「つまずきやすいポイント」「お客さまも気がついていない隠れたニーズ」「活用していないが、実際に使ってみると効果的な解析方法」などの気づきが得られました。この経験を経て、現在では製品開発をお客さまの視点で俯瞰的に見るスキルが身についたと考えています。

 また常駐勤務を通じて、CAEを駆使して効率化を図りたいと考えているマネージャー、実際に製品開発をしているマネジメント層、その配下で個々の技術を開発している現場のメンバー、そして車両開発に必要なさまざまなシミュレーションを実行しているメンバーなど、多くの立場の方々と深く関われたことは、私にとって大きな財産となりました。

 開発元であるLST社での常駐は10年以上前のことですが、こちらも特に貴重な経験となりました。日本のユーザーから上がってくる要望を、その機能を担当している現地のエンジニアに直接伝えて議論しながら実装してもらっていたのですが、中には現地のエンジニアが「日本からの要望がどれほど重要か」を理解していないケースもありました。そのようなときには、「この機能がないと困る」「新機能があれば、こういう解析が可能となる」と相手が納得するまで説得し、優先度を上げてもらったこともあります。こうした経験により、開発元がどのような形でソルバー(目的や条件に合わせて複雑な演算をする機能)を開発しているかを知ることもできました。

 常駐先で多くのエンジニアと顔見知りになれたことは、のちのコロナ禍で大いに役立つことになります。日本と同様に、海外でもテレワークが増えたときにも、現地のエンジニアの人となりや仕事ぶりを知っているのでスムーズにコミュニケーションが取れました。

 そうした方たちとの交流や顧客への常駐経験が最終的に問題の解決につながったこともあります。その中でも特に印象に残っているのが、エアバッグ展開解析に必要なソルバーの開発に関するエピソードです。走行中の自動車が激しく衝突した際には、エアバッグが開いて乗員の安全を守ります。しかし、自動車が壁などにぶつかる衝撃の解析とエアバッグが開く衝撃の解析は種類が異なるため、一部のケースでは予測レベルに達する解析ができなかったのです。乗員の命を守るためにも、自動車メーカー側では「あらゆるエアバッグの解析にLS-DYNAを活用したい」というニーズを持っていました。

 しかし自動車メーカーのその思いを、当時の私や開発元であるLST社は十分に理解していなかったのです。そこで、日本にいていち早く状況を理解した私が間を取り持ち、開発元に「いかに日本市場で重視されていることか」について、粘り強く説得を重ねたのです。このエピソードは、私が三つの立場を経験し、それぞれの思いを理解しているからこそできたコミュニケーションの一例だと思います。

 自動車業界が大変革期を迎える中、このエアバッグの例のように、従来にはなかった新しい機能が今後ますます搭載されていくと考えています。そうした際には、自動車の安全性を解析するために必要な機能を技術開発し、プログラムとして解析の品質を高め、安定的に運用していくことは、これから増えていくと予想されます。その際には、これまで培ってきた私の経験が大いに力を発揮できると考えています。

学生時代に取り組んだ内容、興味のあった領域について

モノを作って壊す試験からシミュレーションの世界へ

 昔から航空や宇宙の分野に興味があったこともあり、大学では機械宇宙学科を選びました。そこではロケットや人工衛星の構造や材料、アプリケーションなどの研究が行われており、実際にモノを作って壊すなどの試験を繰り返していました。

 当時は航空機などにも用いられる複合材料が流行っており、私もその基礎的な研究に加えて破壊試験などにも挑戦していました。しかし、その試験を行うためには材料から試験片を作る必要がありました。それらのプロセスをいかに効率よく進め、研究を進めていくのはなかなかに面白かったのですが、それよりも興味深く感じられたのが、パーツの最適な形状を求めるシミュレーションの領域でした。そのため、修士課程では複合材料ではなく、シミュレーションに取り組みました。そこで得た学びは、今の仕事にも通じる点があると感じています。

JSOL認定プロフェッショナル CAEプロフェッショナル 大平 博道

 学問以外に取り組んできたものとしては、中学から大学まで続けてきたソフトテニスが挙げられます。ほぼ10年間、コツコツと続けてきたわけですが、そこで得た粘り強さは今も役立っています。

 当然、体育会系なので多少の厳しさはあります。その中でも実直に技術を磨き続けることにはやりがいを感じていました。また、大会では自分よりも技術と体力の優れた選手と戦わざるを得ない場面もあります。何とかして勝ちたいと、試合中に相手の癖や傾向を研究することで、必死に活路を見出してきた体験は実に楽しかったと記憶しています。

プロフェッショナルとして今後取り組んでいきたいこと

実物を使わずにシミュレーションだけで試験を実施。それに見合う信頼性の実現を

 私がLS-DYNAに関わり始めた頃、20年以上前の衝突解析はまだまだ簡単なものでした。当時のシミュレーションに使用されていたモデルは今のように複雑なものはなく、ソルバーも成熟していたとは言えません。そういう発展途上のLS-DYNAをうまく工夫して、モデル化やソルバーの改良などのサポートを提供し、お客さまにとって効果が感じられるようなツールに育ててきました。

 しかしこの10数年でレベルは大きく向上しました。複雑なモデルにも対応でき、ソルバーも機能が追加されて活用しやすくなりました。現在は成熟度も上がり、高い精度でシミュレーションが実行できる段階に到達してきたと実感しています。もちろん、まだまだ改善できる余地は残っていますが。

 今は実物の自動車を用いた衝突試験がゴールにあり、その結果を予測するためにシミュレーションを実行していますが、すでに「将来的には試験は行わず、シミュレーションだけでより多様な衝突状態を評価しよう」という取り組みも始まっています。それを実現するには、LS-DYNAのようなツールの精度をもう一段階高く上げていく必要があるでしょう。

 また、お客さまである自動車メーカーには、開発期間をさらに短縮して競争力を上げたいというニーズがあります。衝突解析には長い時間を要しますので、これが短縮できればそこに使っていたリソースを車両の軽量化などの開発に回すことができます。

 こうした課題や、従来には存在しなかった全く新しいニーズへ柔軟に対応するためにも、LS-DYNAをより強化していく必要があると考えています。そこで期待しているのはAIです。シミュレーションの入力モデルと衝突解析の結果を紐づけ、そのデータが蓄積されていけば、AIで答えが導き出せるはずです。その将来ビジョンは、多くのお客さまも共有しています。しかし実現のためにはAIに学習させるための精度の高い膨大なデータが必要となりますが、まだまだ足りず、将来に向かって整備していくことが求められています。

 さらにAIは、私たちが提供している製品サポートにも役立つ可能性を持っています。例えばLS-DYNAの使い方、ユーザーからの問い合わせとその回答などのデータを学習させることで、ユーザーが困ったときにすぐに解決策を提示してくれるようなこともできるでしょう。エラーが出て困っているようなものだけでなく、「この解析結果をどう判断したらよいのか」という複雑な疑問にもAIが答えてくれる。私たちは、そういうAIの技術開発にも取り組んでいきたいと考えています。

 LS-DYNAの用途は自動車以外の領域にも広がっています。衝撃に弱い精密な電気製品や造船、空飛ぶ自動車、あるいは原子力施設などでも衝突解析の技術は役立つのです。例えば、空飛ぶ自動車が墜落したら大変な衝撃となるでしょう。そうした領域での活用の広がりに向けて、新たな技術開発が始まると考えています。

 このようにこれからのシミュレーションに関しては未知数のことが増えてくると思います。しかし新しい領域に積極的に飛び込んでいかなければ未来は開けません。新たなシミュレーションの世界を拓き、当社のブランドメッセージ「今はない、答えを創る。」を体現していくためにも、自動車業界のみならず、あらゆる業界の皆さんと共に勇気を持って飛び込んでいきたいと思っています。


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