(2026年07月)

「力に頼らない登り」という独自のスタイルで、クライミング界に新たな潮流を。スポーツクライミング・安楽宙斗選手が語る、世界レベルで戦い続ける力

JSOLは2026年、設立20周年を迎えました。そこで、JSOLが設立された2006年に生まれ、スポーツクライミングで世界を舞台に戦い続ける安楽宙斗選手に20周年記念特別インタビューを行いました。
「力に頼らない登り」という独自のスタイルを創造し、ワールドカップで複数のタイトルを手にするなど、クライミング界に新たな潮流を生み出してきた安楽選手。JSOLにとって初の所属アスリートとして活躍する安楽選手に、競技への思い、トレーニングへの心構え、そしてJSOLのブランドメッセージ「今はない、答えを創る。」とクライミングに通じる共通点や重なり合う部分についてお話を伺いました。

スポーツクライミングとの出会いから半年で全国大会へ

 —— 安楽選手が競技としてのスポーツクライミングに取り組むきっかけや当時の出来事についてお聞かせください。

小学2年の6月、父と一緒に自宅の近くにあったジムに通い始めたのがきっかけです。180度もの角度がある、まるで天井みたいな壁が名物のジムでした。そして、翌年の3月に開催されたクライミングの全国大会に、父から「とりあえず出てみないか」と誘われ、参加しました。フリーエントリーでの参加で、全国のクライマーが集まる大会でした。40人ほどの1・2年生クラスに参加し、7位に入りました。
そのとき「自分はクライミングに向いているのかも」と手応えを感じたことが、競技に本格的に取り組むきっかけになったと思います。

「力を使わない登り」という独自のアプローチで世界を制した

—— クライミングの魅力について教えてください。

1個の課題があれば最適な一本のコースが決まりそうなものですが、実は個性があるのです。登る課題に対してどうアプローチしていくか、どう登っていくか、最善のルートを考えて実践し、うまくいかなくても改めて新しいアプローチを考えて完登を目指す……僕はこの試行錯誤の過程が好きです。おもしろいことに、トップレベルの試合になっても、ゴールまでのルートにはいろいろな選択肢が考えられます。例えば、手の順番、足の順番などを、自分なりに変えてみたら簡単に登れることもあります。
そういう気づき……完登するための最善のルート・手順について、とことん考え抜いてあきらめずに立ち向かっていくのが、僕が考えるクライミングの魅力ですね。

 ——安楽選手の特長である「力に頼らない登り」という独自のスタイルは、どのようにして体得したのですか?

高校1~2年のころまでは、登りのスタイルについて深くは考えていなかったんです。ただ昔から「我慢」があまり好きではなくて(笑)。だから「楽に登りたい」「効率的に登りたい」という気持ちがずっと僕の根底にありました。そうしたら自然にこのような登りのスタイルになっていましたね。

 —— 周囲から「力に頼らない」スタイルはどのような目で見られていたのですか?

「こんなにも力がない選手なのに、なぜクライミングが強いんだ?」という異質な見方をされました。ワールドカップ(現ワールドクライミングシリーズ)1年目のころは、片手懸垂も全然できなかったくらいです。両手でも懸垂10回くらいが限界でした。そのような筋力でもボルダーとリードのワールドカップ両方で優勝できたのです。
今でもワールドクライミングシリーズやジャパンカップを見渡すと、僕のようなスタイルで登る選手はあまりいないようです。

 —— 無駄な力をかけない安楽選手らしい登り方が世界を制したということでしょうか。

確かに、「脱力した登り」が今の自分につながっていると思います(笑)。ただ、そこにはちゃんと考えがあります。
もちろん力があるに越したことはないですが、僕はむしろ筋肉の使い方が大事だと考えています。どのような競技にも通じることと思いますが、筋トレしてたくさんの筋肉をつけても、結局は細かい調整が欠かせません。クライミングも、正確にキャッチする、正確に飛ぶという調整が必要ですが、僕の場合、そういう調整が結構できているように感じています。実際、力をあまり使わなくても乗り越えられる場面が、他の人より多いように感じます。

単種目化の時代に、ボルダーとリード、両種目で世界と戦う

 —— 2025年シーズンから国際大会で、より少ない回数で登ることを競うボルダー、高さを競うリードに種目が分かれましたが、安楽選手は引き続き両種目で戦われています。

少し前までは男子日本代表でも、ボルダーとリードの両方に参加する選手がいたのですが、今は僕しかいません。多くの選手はどちらかを選択しています。世界を見渡しても、高いレベルで両方やっている選手は、多分5人もいないと思います。
持久力が求められるリード、瞬発力と俊敏性が求められるボルダーの両種目で僕が戦えるのは、重心を下げて力を使わない登りのスタイルが関係しています。力を使わないので、リードでは余力を持てる、ボルダーも技術的に疲れにくいという利点があります。もちろん両種目で頂点を目指していくことは決して簡単なことではありませんが、リードならではの動きをボルダーに生かせるなどのメリットもあります。

トップであり続けるためには、練習から「差をつける」ことを意識し続ける

 ——世界のトップレベルで戦い続けてこられた秘訣を教えてください。

スポーツは肉体的な要素が大きいのですが、頭で考えることも大切です。大会は相対的なものなので、自分だけが成長するわけではなく、周りの選手も成長するものです。だから「どうやったら他の選手と差をつけられるか」「勝つために自分に足りない要素は何か」「自分の強みをどう生かすか」と練習の時から考えるようにしています。
長い練習の間には中だるみが発生したりすることもありますので、「練習から差をつけないと、大会で大きな差を生めない」と常に自分を戒め、意識するように心掛けています。

 —— 練習メニューで工夫していることはありますか?

体の疲れ、心の疲れ、このトレーニングをどれくらいやると精神的に疲弊するか……そういうところも論理的に計算して組んでいます。
そのときは「やりすぎず、やらなさすぎず」というバランスには気をつけています。無理に詰め込んで「もうトレーニングやりたくない」という気持ちでやるのと、積極的な気持ちでやるのとではかなり違います。

 —— 練習に気持ちが乗らない日はどのように解消していますか?

精神的な理由でトレーニングをやめるということは絶対にないです。どうしても無理だったら翌日に回して、トレーニングのトータル量は変えないようにしています。「これ以上やると体が壊れる」というのであればやめますが。
集中してやり抜くことでトレーニングの効果は大きくなりますし、やり抜かなければ単純に効果を損ねてしまうだけです。

難易度の高い課題を登れることが勝利に直結するとは限らない

 —— 難易度の高い課題に挑むことについてお聞かせください。

難しい課題を「登れること」が目的ではなくて、結果的に「大会で1位を取ること」が最終目標です。つまり、難しい課題を登ることはあくまでも手段にすぎません。
選手の中には本番ではなく、練習に強い人もいます。実際に、僕が登れないような壁を登れるという人もいます。でもそれと、「大会で勝てること」は、イコールではありません。
大会本番で問われるのは、比較的難しい課題を4〜5分という制限時間の中で確実にこなす能力です。極めて難しい課題だけを練習しても、それは結果には直結しません。

 —— 「目的と手段を混同しない」ということですね。

そうですね。手段として難しい課題を取り入れて挑戦しているだけで、難しい課題をクリアできることが目的ではありません。大会で1番の実力を出すために、今日は何をすべきかということを、常に考えながら練習しています。
ただ、難しい課題をやり抜くことは自信につながります。大会前に「最近これをやっていないな」となると、その時点でメンタル面でのパフォーマンスが低下してしまう。やり抜くことは肉体的にも、そして特にメンタル的にも大きく影響します。

クライミングに科学的なアプローチを持ち込む

 —— JSOLのブランドメッセージ「今はない、答えを創る。」が、スポーツクライミング、あるいは安楽選手の活動と重なるところはありますか?

スポーツクライミングの業界も最近大きくなってきていて、この業界で生計を立てられる人が増えてきました。一方で、スポーツ全てに共通することですが、感覚的なものが重視され、科学的なアプローチが足りていないと感じています。
僕の中では、クライミングを普及させていきたいという「外に向けた思い」もありつつ、クライミングに対する自分の理解をもっともっと深めていきたいという「内に向いた思い」も共存しています。特に科学的・先進的なアプローチによってクライミングの理解を深めるのは容易ではありません。その答えを模索することが「今はない、答えを創る。」という言葉と重なるように思います。

 —— 模索の結果、見えてきたことはありますか?

選手それぞれに強い筋肉・弱い筋肉があって、感覚も全部違います。だからまず「考えてできるところ」を少しずつ「感覚」に変えていくことが重要で、その上でさらに考えることを付け足して感覚を増やしていく。そのサイクルがすごく大事だと思います。科学的な理解が個々に深まっていけば、クライミング界全体が成長できるのではないかと思います。まだ明確なビジョンは見えていないので、探し続けているところです。

 —— 安楽選手が生まれた年2006年はJSOLが設立された年です。不思議な縁を感じますね。

クライミングとIT企業は、これまであまり関わりがなかったと思います。でも自分の生まれ年とJSOLさんの設立の年が同じで、こうして巡り会えているのは、一緒に挑戦し、そして成長していく良いご縁なのかなと思っています。
JSOLさんは初めての所属企業として僕を支えてくださり、JSOLさんと関わっていくことで僕はプロとして活動する上での意識が本当に変わりました。アスリートの仕事は結果を出すことです。JSOLさんのおかげでその意識がついてきて、練習1回1回に対する熱量が本当に大きくなったと感じています。

世界規模の大会のタイトルのさらなる獲得へ

 —— これからのクライミング界全体の発展について思いをお聞かせください。

クライミング業界が広がってきたとはいえ、クライミングに取り組んでいる人の間では「競技に熱中している人」と「3カ月に1回程度たまに行く人」の差がすごくて、中間層が少ないのが現状です。サッカーやテニスのように「週1~2回楽しむ」という層が増えると、クライミング界の発展につながると考えています。とても面白くて、はまったらやめられないスポーツなので、入り口のハードルを下げていきたいですね。

 —— 今後の目標を聞かせてください。

例えば世界選手権のリード種目など、世界規模の大会でタイトルがまだ取れていないものがあります。これは絶対に取りに行きたいですね。その実現に向けて常に一番になり続けるためにどうすべきか考え抜き、強くあり続けたいと思っています。

 —— ありがとうございました。


安楽選手が、既存の常識や力任せのアプローチにとらわれず、自身の強みを見極め、思考と挑戦を重ねながら世界の頂点を目指し続けている姿勢は、JSOLが大切にしてきた価値観とも重なります。
社会やビジネスの環境が大きく変わるなか、私たちはこれまでの延長線上ではなく、一人一人の知恵と技術を掛け合わせながら、新たな価値を創り続けていくことが求められています。JSOLも、20周年という節目を越え、その先の未来に向けて、自ら考え、挑み、試行錯誤を惜しまない姿勢を大切にしながら、お客さまや社会にとっての「今はない、答え」を提供し続けていきます。

プロフィール

安楽 宙斗(あんらく そらと)

プロクライマー。2006年生まれ、JSOLと同じ年。小学2年の時にスポーツクライミングと出会う。競技種目は「ボルダー種目」と「リード種目」で、圧倒的に強い選手を目指す。
自身の成長だけではなく、クライミング界を盛り上げ、多くの人々に希望や勇気を与えられる存在になることを目標とし、今後のクライミング界を背負っていく期待の有望選手。