(2016年02月現在)

分散処理コンピューティングは今、クラウドコンピューティングの活用へと流れを変え始めている。クラウド型のメリットは多いが、同時に運用ノウハウの未熟さなど課題も多い。そこに生かされるのが、分散処理の優れた手法である。マイクロソフト系のサーバー技術の専門家であるJSOL認定プロフェッショナル(ITアーキテクト)の稲邑茂は、その実績からクラウド活用のための明確な指針を発信する。

JSOL認定ITプロフェッショナル
ITアーキテクト
稲邑 茂

今後5年で企業のサーバーシステムは大きく変わる

「振り返れば、導入する、ユーザビリティーを高める、セキュリティーを強化するという3つの課題が回り続ける世界なのだと思います」
稲邑は、サーバーの歴史をそう総括する。

大型のメインフレームによるデータ処理から、ワークステーションやパーソナルコンピュータ(PC)による分散処理の流れは、すでに1980年代前半に米国で誕生していた。それが本格的な流れになったのは、1994年にマイクロソフト社が企業サーバー向けOS「Windows NT 3.1 Advanced Server」を発売したのがきっかけだった。
稲邑が旧日本総合研究所に入社した翌年のことだった。以来、一貫してマイクロソフト系のサーバー基盤のソリューション構築に取り組んできた。

「基盤」とは、システムの全体構成におけるアプリケーション以外の部分をいう。OS、OSとアプリケーションの中間に位置して各種のソフトウエアが共通して利用する機能を提供するミドルウエア、そしてハードウエアなどだ。
NT 3.1が登場した当時は、PCのOSは90%以上がマイクロソフトのWindows。サーバーOSにはUNIXやLINUXなどもあったが、マイクロソフトのサーバーOSの方がPCとの親和性が高く、急速に普及していく。
その流れを決定づけたのが2000年に登場した「Windows 2000 Server」だろう。このOSで初めてネットワーク上にあるさまざまな資源(PCクライアント機やプリンターなど)についての情報や利用権限を一元的に管理できる「Active Directory(AD)」と呼ばれる機能が搭載された。

「サーバーOSとしての信頼性が増し、ADは後にユーザー管理のデファクト・プラットホームになっていきます。ただこの当時はまだ、サーバーを導入することが主目的となっていた時代でした」

その後、「Windows Server 2003」「Windows Server 2008」へとバージョンアップされるにつれ、「一連のサーバーOSをビジネスの実態に合わせながらどのように実装し、運用していくかが私たちの課題になりました。それは見方を変えれば、サーバー環境を利用する人たちの使い勝手をよくするユーザビリティーの向上、またネットワークの発達を背景とするセキュリティーの確保といった課題への取り組みでもありました」

そして2013年以降に現れ始めたのがクラウド化の流れである。
従来は自社保有のサーバーで管理・利用していたソフトウエアやデータを、インターネットなどのネットワークを通じてサービスという形で必要に応じて利用する。常に最先端の技術とセキュリティーを利用でき投資負担も少ないため、急速に注目を集めてきた。
「これからの5年間ぐらいで企業のサーバーシステムは大きく変わっていくでしょう。しかしそれも、導入する、ユーザビリティーを高める、セキュリティーを確保するという基本的なテーマや課題は変わらないと思います。その上で、クラウドコンピューティングの活用ソリューションを提供することが私たちの主戦場になっていくと予測しています」

「運用」を熟知しているからできるシステム構築

先にも書いたように稲邑は、マイクロソフトのプラットホーム製品群を活用した基盤ビジネスを推進してきた。具体的には、認証、セキュリティー、メッセージング、ポータル、サーバーやクライアントの基盤領域に関わる部分でのソリューションの提供だ。
これまでいくつものプロジェクトに取り組んできたが、最近の金融系会社向けの「セキュリティーIT対策プロジェクト」を例に、その仕事を紹介しよう。

ITアーキテクト 稲邑 茂

銀行や証券会社は、膨大な個人情報を管理している。取引では本人確認が必要なので管理している個人情報の種類も多い。それ故にハッカーなどの攻撃にさらされやすくセキュリティー対策の強化は絶対不可欠な取り組みだ。また、社内でデータを不正にコピーして持ち出すケースへの対応も必要だ。
「このプロジェクトでは2つの目標がありました。まず1つ目が、悪意のあるソフトウエア、つまりマルウエアによってネットワーク経由で情報が流出するのを防ぐ仕組みをつくること。2つ目がシステムにアクセスできる特権ユーザー(アドミニストレーター)がデータを不正に持ち出せないような仕組みをつくることでした」

事の性格上、詳細を紹介することはできないが、稲邑によれば「共通するのは、マイクロソフト系サーバー環境の運用に対する知見がベースになっていること」だ。
実はプロジェクトを発注した金融系会社とは、稲邑をはじめとするJSOLのスタッフが長年にわたって各種のシステム構築で関わってきた。つまり金融系会社のシステムの利用の実態が分かっている。具体的には、Active Directoryやユーザー管理、クライアント環境、ネットワークなどの実態に対して蓄積された知見がある。
ユーザー数、サーバー数、ネットワーク設備のレベルなどによってシステム全体の運用手法は変わる。お客さまの環境や運用の実態をきっちりと理解して必要かつ最適な仕組みを実装してある。

そもそも、お客さまの環境や運用を理解し、どのような仕組みが適しているかを設計し、最適に実装するのがシステムインテグレーターの任務なのだ。当たり前のことのように思えるが、実はそうではない。そして、そこにJSOLならではの大きな特色がある。
例えばパッケージベンダーであると、提供するツールの機能面しか見ていないので、機能が運用上で最適であるとは限らない。つまりお客さまの環境や運用によっては必要とされる機能が欠けている「穴」があったりもするのである。
「JSOLは、独自の製品を持たない中立的なシステムインテグレーターとして、常に課題に対して最適な形を提案できます。ですからパッケージベンダーのツールを利用する場合でも、穴があればそれを埋めるツールを用意するなどして最適な環境や運用を提供できるのです」
それに続けて、「ちょっと読み過ぎ、考え過ぎな部分があると言われたりもするのですが」と苦笑いした。

マイクロソフトAzureへの確かな知見

新たな流れとしてあるのが、クラウド化だ。クラウドコンピューティングには、いくつものメリットが強調されている。ネットを利用してソフトウエアやデータベースなどサービスを受けるので素早く導入できる。自社でシステムを保有せず最新の技術を利用できるのでシステム関連のコストを抑えられる。さらに事業の規模の成長に応じて柔軟に利用システムの規模を調整できるなどだ。

その間口を一挙に広げたのがマイクロソフトが始めたクラウドサービス「Microsoft Azure」だ。2010年からサービスが開始され、現在、世界の19地域にデータセンターが置かれている。これは同じサービスを提供している他社の数倍の規模を誇る。日本でも2014年2月から埼玉県に「東リージョン」、大阪府に「西リージョン」が運用されており、いわゆるディザスタリカバリ(事業継続のための予防・回復措置)が可能になっている。
「マイクロソフトのサービスの展開は速く、1~2カ月おきに追加機能が出たりしています。今、今で見ればクラウドコンピューティングでは、マイクロソフトが一人勝ちするような勢いがありますね」

ITアーキテクト 稲邑 茂

Azureは、認証やサービス間連携などで企業が独自に用意したシステム環境との連携が容易だ。またマイクロソフト系サーバーOSに装備されているActive Directoryなどの基本技術とAzureとの同期や連携も容易だ。
さらにモバイルサービスなどの外部から社内ネットワークへのアクセスポイントとしての利用が可能であり、閉域網接続サービスの開始で、よりセキュアにAzure環境を経由して社内ネットワークに接続できるようにもなっている。
「それでも既存のサーバーシステムとクラウドの接続は、まだ混乱した部分があります。ちょっとテクニカルな話になりますが、マイクロソフトのシステムには独特の"癖"のようなものがあり、それを理解していないと同期や連携はスムーズになりません。そうした点をお客さまにご説明でき、実装にあたって対応できるのが私たちの強みでもあります」

ただ、パブリッククラウド上に重要なデータを置くことや運用ノウハウの不足などについてのユーザーの懸念は根強い。稲邑は、「ハイブリッド」という考え方でクラウドの未来を見ている。
「クラウド型のメリットを享受し、一方で不安感を克服するには、データの種類、データの機密レベルなどを見極めてクラウドに移行するかどうかを決めなければなりません。その結果、パブリックなクラウドサービスと自社保有の設備をまたがるハイブリッドな環境になるではないかと見ています。複数のデータセンター間やサービス間の接続が必要になり、その複雑な環境の設計、構築、運用などのサービスやソリューションを提案する流れになると思います。その際、JSOLが長年培ってきたマイクロソフト系サーバーの基盤技術が生かされていくと考えています」

サーバーの歴史と時間軸を同じにしたSE人生

稲邑は現在、クラウド化の流れに対応するために人材育成に力を注いでいる。以前からマイクソフト関連の技術者たちと「マイクロソフトソリューションセンター」というバーチャルな組織をつくり、切磋琢磨してきた。
これにAzure連携のクラウドビジネスのテーマを加え、技術調査や評価作業、検収作業を進めている。そのため、後輩たちには「ベンダー資格試験の受験」を勧めている。
「私自身の経験からも、製品やその技術が目指している設計指針を学ぶにはベンダー試験が極めて有効でした。マイクロソフト技術者の認定資格の取得を必須とすることで、メンバーのスキルとモチベーションを上げたいと考えています」

稲邑は1969年、大阪生まれ。93年に同志社大学法学部を卒業して旧日本総合研究所に入社した。法学部出身のシステムエンジニアは珍しいと思いきや、「いえ、そんなことはないのです。入社当時は文系の方がシステムエンジニアに向いていると言われており、私も入社を決めた次第です」と言う。

入社から数年は通信事業部でLANの構築を担当したが、その後はマイクロソフト系サーバーの基盤技術を担ってきた。つまり、サーバー技術の進展をまさに同じ時間軸で見てきたのである。本人も、「マイクロソフトと一緒に生きてきたようなものです」と語る。

ITアーキテクト 稲邑 茂

「何度か転職も考えました」と、どきりとするような話も打ち明ける。過去に何度か新たなビジネスプランの検討を始めたが、説得力のあるビジネスプランをつくれなかった。これでちょっとくさった。しかし振り返れば、時代を数歩、先に行き過ぎていた。
「そういうときは、隣の芝生が青く見えたりするんですよね。でも、サーバー技術の初期から関わってきたので、仕事にはまったく不満はなく、自分が考える仕事はすべてやらせてもらっていると思います」

本来の配属は大阪本社だが、現在担当している顧客の多くが東京にあるため週の前半(月・火)は大阪、後半(水~金)は東京という暮らしをすでに4年続けている。
週末はきっちりと大阪にいる。その訳は、「ガンバ大阪」だ。妻との共通の趣味がガンバ大阪。「大阪方面の試合は、ほぼすべて応援に行きます」

大学時代からの映画好き。しかもテレビドラマも大好きだ。
「ドラマや映画を常に十数本併行して録画しています」
録画したドラマなどは新幹線の車中でタブレットで見る。
「移動中の鑑賞会が、最も癒やされる時間になっています」
どこにいても楽しみたいものを楽しむ。これをクラウド型という。


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