(2021年05現在)

多種多様なモーターをはじめとする電気機器の設計に使われてきた電磁界解析ソフトウエアJMAG。シミュレーションの専門家以外にも使いやすくすることで、シミュレーションの活用範囲を広げようとしてきたアプリケーションコンサルタントの廣瀬基人が、モーター設計者に向けたシミュレーションツールである、JMAG-ExpressやJMAG-Express Onlineの開発の目的や背景について語ります。

JSOL認定プロフェッショナル
アプリケーションコンサルタント
廣瀬 基人

自身の専門分野とアプリケーションコンサルタントの活動について

EV化が加速する中、モーター設計に特化したツールで業界を支援

 自動車の動力源はここ100年以上ガソリン機関を中心とした内燃機関が主でしたが、これから、電気モーターに駆動源の主力が移ろうとしています。また、その他にも油圧を利用していた機器の電動化も行われています。環境問題への取り組みの上からも、電動化は欠かせないものとなっています。自動車メーカや部品メーカにとって、大きな変革の時を迎えています。

 モーターの設計・開発においては、完成までにさまざまな試行錯誤が繰り返されますが、そこに使われるのが、電磁界解析によるシミュレーションです。設計図となるCADデータをもとにパラメーターなどを変えて何度となくシミュレーションを行うことで、モーターの完成度を向上させていきます。

 そのためのツールとして、JSOLでは電気機器設計開発のためのシミュレーションソフトウエアであるJMAGを提供しています。JMAGの開発、販売を行っているのが、私の所属しているJMAGビジネスカンパニーです。私たちは、ユーザーのニーズを汲み取り、要件を検討して仕様を作り、機能実装を行います。さらに、JMAGの利用技術も開発してユーザーに提供しています。

 JMAGは、さまざまな電気機器の設計・開発に用いられていますが、中でもEVの駆動用モーターは要件が非常に厳しいという特徴があります。例えば、特にEVの駆動用モーターでは、小型化が求められていますが、小さくても高出力なモーターを実現させるためには、出力密度を上げる必要があります。しかし、出力密度を上げるには、大量の電流を流すことになり、発熱を抑えて効率を向上させるため、損失の低減が大きな課題となります。

 損失を低減できれば、EVの場合には電費の向上による航続距離の増加などの効果が得られます。効率のよいモーターを設計することが重要になりますが、そこでモーターの設計者の方に活用していただけるよう開発したのが、JMAG-ExpressやJMAG-Express Onlineです。

 JMAGは電磁界解析一般に用いることができる汎用的なソフトウエアです。使いやすさに力を入れていますが、シミュレーションの知識を前提にしている部分も多くあります。設計者の方は、開発プロセスのある時期に集中してシミュレーションを行われることが多く、ツールの使用時期の間隔が空くことがあります。JMAG-Expressでは、久しぶりに使用したという場合でも、迷うことなく使えるような工夫を盛り込んでいます。

 JMAGのGUI開発リーダーである私は、主にユーザーインターフェースを担当していますが、その業務にはさまざまな知識や技術が求められます。

 JMAGは、GUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)と、CADモデルに対してメッシュを生成するメッシュジェネレーター、計算を行うソルバーという大きく分けて三つの要素で構成されています。

 GUIのデザインにおいては、操作するお客さまの業務内容を理解した上で、作業の手間・工数を減らす工夫を凝らす必要があります。入力の効率化のために視線の動きに対して自然となるように、ユーザーインターフェースの構成要素を配置する必要があります。また、マウスのクリック回数を減らすことなども考慮します。さらに、ユーザーインタフェースの背後ではメッシュジェネレーターやソルバーが連携して動作しているので、それらに関する知識も必要です。

 お客さまの業務の効率化のためには、シミュレーションの入力データの準備から結果が得られるまでの時間の短縮が重要です。もちろん、シミュレーション結果を得るまでの時間の短縮にはメッシュジェネレーターやソルバーの速度向上が不可欠です。しかし、シミュレーションに必要なパラメーターの選択や設定に時間がかかってしまうと、プロセス全体としての効率化ができないことになります。

 お客さまが効率的に目的の作業を進めるためには、優れたGUIが欠かせません。

現在の課題や注力している取り組みについて

モーター設計者とのコミュニケーションを繰り返し、ツールを改良

 テンプレートベースのモーター設計支援ツールであるJMAG-Express Publicを、2009年にフリーソフトとして公開しました。

 当時、JMAGはシミュレーションの専門家の間ではお使いいただけるようになっていましたが、一方で設計者のニーズがくみ取れていないのではとの思いがありました。そのため、モーター設計者にJMAGが届くにはどのようにすればよいかを検討するようになりました。

 その思いがプロダクトの形になったのが、モーターの設計検討に特化したJMAG-Expressです。JMAG-Expressは多種多様なテンプレートを用意して、そこから選ぶことで概念設計の検討ができるようにしました。

 今までの汎用的なシミュレーションツールは、どのようなシミュレーションにも対応できる反面、CAEの専門家以外の人にとっては敷居が高いと感じられることがありました。そこで豊富なテンプレートと直感的なユーザーインターフェースを提供することで、迷いなく使用できるようにして、敷居を下げることを狙いました。

 JMAG-Express Publicをフリーツールとしてリリースした目的の中には、「設計者の方々から多くの意見、フィードバックをいただいて、コミュニケーションを取りたい」という考えもありました。設計者の皆様が何を考えながらモーターを開発しているのかということを知り、それを反映させながら改良していきたいと考えたのです。

 そして、私たちは、JMAG-Express Publicを使っていただいた設計者の皆さまにアンケートを実施してフィードバックをいただき、機能に反映していきました。また、JMAGユーザー会などの機会をとらえてセミナーを実施し、直接フィードバックを受けることにも努めました。そこでのお客さまとの直接の対話をきっかけに生まれた機能改良もあります。さらに、モーター設計の権威であるProfessor Millerから助言を受けてのユーザーインターフェースや機能の改善も行いました。

 ときは2カ月に1回のサイクルで頻繁にリリースするということを繰り返しながら、概念設計の段階でさまざまな検討を行うことができるツールとして発展させることができたと考えています。リリース後も、フィードバックをもとに改良を加え、それに従ってJMAG-Expressのユーザー数も増えていきました。

 JMAG-Expressの開発においては、モーターの基本特性を1秒で計算することを目標にしました。概念設計の段階で、試行錯誤の回数を増やすためには、ターンアラウンドタイムの短縮が有効であるからです。私はGUIの開発者ですが、オーバヘッドを切り詰めるためにモジュール間の連携を最適化する仕組みを作りました。メッシュジェネレーター・ソルバーの高速化にあわせてこの仕組みを用いることで、「1秒でモーター特性を評価する」目標を達成することができました。

 そして次の段階では、ユーザーがより手軽に利用できるように、配布形態を見直し、インストールが不要なWebアプリケーションとして、JMAG-Express Onlineを開発しました。Webブラウザ上で利用できるため、パソコンだけでなく、タブレットやスマートフォンでも利用できます。

 JMAG-Express OnlineをWebアプリケーションとして開発するためには、JSOL社内の協力も重要でした。インフラやネットワークなどの基盤技術、セキュリティーに関しては、やはり専門部署の実践的な知識やノウハウを生かすことで、より良いものに仕上がります。そこで基盤技術やセキュリティーを専門とする部門と連携し、頻繁にミーティングの場を持ち、アドバイスをもらったり、実際に基盤を構築してもらったりして、リリースにこぎつけることができました。そのような協力をいただくことで、JMAG-Express Onlineを短いサイクルでスピーディーにリリースできました。

 JMAG-Express PublicやJMAG-Express Onlineによって、JMAGのビジネスにも効果が表れました。一つは、フリーで利用できるJMAG-Express PublicやJMAG-Express Onlineの利用をきっかけにJMAGを導入された新しいお客さまがいらっしゃったこと。もう一つは、すでにJMAGを活用しておられるユーザーが、JMAG-Expressに対して魅力を感じて使ってくださり、社内に広めていただいているケースがあることです。

学生時代に取り組んだ内容、興味のあった領域について

工具を駆使した実験からモノづくりの面白さを知り、シミュレーションの世界へ

 学生時代は、航空宇宙システム工学科で流体力学に関する研究のために、実験、シミュレーションなどを行っていました。実験では、必要な器具を自分で作るということも経験しています。当時在籍していた大学は、旋盤やフライス盤などの工作機械が充実しており、比較的自由に使うことが許された環境でした。

JSOL認定プロフェッショナル アプリケーションコンサルタント 廣瀬 基人

 そこで私もさまざまな実験器具を作っていましたが、中には上手くいかなかった実験器具もあります。卒業研究のときの私は、飛行機の模型を風洞に入れ、そこに働く力を計測するための器具を作ろうとしたのですが、なかなか測定精度を上げることができず、苦労したこともありました。そういった経験を通してモノづくりの面白さと難しさを実感できたことが、お客さまの業務内容を理解することにつながっていると感じています。

 航空宇宙システム工学科を選んだ理由は、「飛行機が好きだから、航空関係の業界に進みたい」という思いがあったからです。しかし、情報処理の授業の実習でコンピューターに初めて接し、プログラミングに触れたことが運の尽きだったかもしれません。C++でグラフィック関係のプログラムを作り始めたりしているうちにコンピューターやプログラミングの面白さに目覚め、大学の研究室では流体のシミュレーションのためのソルバー作りに挑戦していました。

 シミュレーションは、実物がなくても物理現象を再現できるというのが非常に魅力的でした。少ない式で支配されている物理法則を、いかにシミュレーションソフトウエアの形として実現するのか、その面白さに惹きつけられたのだと思います。

 卒業を前にして、シミュレーションに携われる会社を探した結果、入社したのが当時の(株)日本総合研究所でした。入社後は構造解析のソフトウエアのサポートに携わっていましたが、のちにJMAGの担当部署に移り、今に至ります。

 こうして振り返ってみると、シミュレーションへの関わりはすでに四半世紀になります。ソフトウエアを開発する立場だけでなく、ソフトウエアを利用するユーザーの立場など、さまざまな立場で行動してきたことになります。そのようにいろいろな形でシミュレーションに関わったことが、お客さまとのコミュニケーションを通して、いただいた意見、フィードバックをJMAGの改良に生かすといった仕事に役立っていると感じています。

プロフェッショナルとして今後取り組んでいきたいこと

未来の一部を作っているという思いで取り組む意義

 これから私が取り組みたいことが二つあります。まず一つは、JMAG-Expressで目指した「モーター設計者のためのソフトウエア」の開発を、さらに「システム設計者」までを対象にして、引き続き進めていくことです。

 モーター開発のプロセスを、システム設計、コンポーネント設計、試作・性能評価、システム検証というフェーズに分けてみましょう。私は、この中の前段階であるシステム設計のフェーズにおける検討の詳細度を上げることで、手戻りを減らせるのではないかと考えています。

 コンポーネント設計フェーズでは要件が概ね固まっており、動作条件における性能の確認のために多数のシミュレーションを行う傾向があり、手戻りが発生したときのコストが大きくなります。

 一方、システム設計での評価は、過去の経験を元に概算したり、1Dシミュレーターでの簡易モーターモデルを利用することなどで行われてきました。ここでJMAG-Expressのような操作性のよいツールで詳細なモーター特性に踏み込むことができれば、前段階での精度を上げ、手戻りの少ない効率的な開発が行えるようになるはずです。そのために、良い操作性とともに精度も兼ね備えたツールを開発していきたいと思っています。

 もう一つの取り組みは、シミュレーション精度の向上に伴う、計算量の増大に応えることです。シミュレーションの精度を上げようとすると計算量も増大しますが、多数のCPUを同時に用いることで、精度を確保しながら計算速度を上げることも可能になります。多数のCPUを用いて多数のジョブを流すためのシステムを、クラウドも含めた環境の上で柔軟にシームレスに動作させることができれば、計算量の増大に応えられるようになるでしょう。エンドユーザーが環境の詳細を意識せずに計算リソースを利用できるようになることで、新しい利用シーンが生まれるのではないかと期待しています。

 これからは、モーター設計者にとっても、シミュレーションの専門家にとっても、今までより精度の高いシミュレーションが求められていくでしょう。優れたモーターを短期間で開発していくには、電磁界解析ソフトウエアをはじめとするシミュレーションが果たす役割は小さくありません。

 私の仕事は、ユーザーの設計プロセスをより効率化していくことであり、引き続きそれを追及していきたいと考えています。今後も、ユーザーの皆さまに有用なプロダクトを提供し、ひいてはJMAGが発展していくという良い流れにつながればと願っています。

 冒頭で申し上げたように、自動車業界は大きな変革の中にあります。その状況下で大切なことは、「シミュレーションソフトウエアの開発という仕事を通して、未来の一部を作っている」という思いです。JMAGビジネスカンパニーでは、そういった意識を仲間と共有しながら、お客さまの課題解決に向けて取り組んでいきたいと考えています。


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